この女だって、漁覇翁(イーバーウェン)の女に、なってしまっているかもしれないではないか。親切をよそおいながら、屋台曳きのようすをさぐって来いと、命令されているのかもしれない。人間は銀(カネ)と、ちょっとした演出で、かんたんに洗脳されてしまう生きものだからな。
「どうして何も言わないのよ。あたしには言えないっての?」
わずかな表情の変化も見のがすまいと、相手の眼をのぞき込みながら、問いかけた。
「石媽(シーマー)、三日前のことを、おぼえてないか」
「三日前?」
「そう、三日前だ。あんたは本邸に上がることもあるんだろう?」
「うん」
「わしは、屋台を曳くようになってから、あっちとは疎遠になってしまった。それで、教えてほしいのだ。三日前、宦官帽をかぶった者(モン)が、男を三人ひき連れて、邸内に入って来たろう」
「あーア、おぼえてるよ。偉そうな連中だったわねェ。とつぜん、ドヤドヤ入って来て、段惇敬(トゥアンドゥンジン)と何か話してたよ」
虚心に、こたえた。妙な不自然さや、作為は感じられない。
「応対したのは、段惇敬(トゥアンドゥンジン)だけだったか? ほかに、人はいなかったのか? 大翁(ターウェン)とか、湯(タン)師兄とか」
「うーん、そのときは、見なかったわねえ」
「そのとき、段惇敬(トゥアンドゥンジン)は、なんと言っていたか、おぼえてないか?」
「そうねえ……なんだか、ぶっそうなことを言ってたよ。『鉄槌を下してやる』とかなんとか……」
「鉄槌? たしかに、そう言ったのか?」
「全部は聞こえなかったけどね。あんときゃ、こっちも忙しくしてたしさ」
東廠(とうしょう)の役人を手引きしたのは、段惇敬(トゥアンドゥンジン)とみて、まちがいあるまい。