くしゃみとルービックキューブ
1.
声はたいがい愚痴が多い。うるさい、とか、面倒臭い、とか、あとはうんざりしたような感じのうめきや、言葉にならない絶望感。楽しそうだったり明るかったりしたためしがない。
声はいつも湿っぽく、たまに悲痛だったりする。だから洋一は気になってしまう。一体この人はどういう毎日を送っているのだろう? と。実際に、声の主が存在するとしての話だが。
「ほら、ここ押してみ?」
岳也が洋一の腕をつついた。言われた通り、洋一はXのキーを押した。
クッシャン。少し甲高いくしゃみがスピーカーから飛びだした。明らかに女性のくしゃみだ。
驚いて、洋一は「おう」と声をあげる。まるでスピーカーがくしゃみをしたみたいだ。
「これが一番最近録ったやつ。登戸の南武線のホームで録った」
「もう一回押してみてもいいですか」
「いいよ」
洋一は再びXのキーを押した。クッシャン。やっぱりスピーカーがくしゃみをしたように聞こえる。なんだか不思議な感じだ。
無機質な物から飛びだす、人間臭い音。面白くなって、洋一は続けざまにキーを押した。
クッシャンクッシャンクッシャン、ククククッシャン。
「ははっ、面白い!」
「これはラのキーだ。かなり高音の部類に入る」
真面目な顔で岳也は説明する。
「音階順に並べたのがこれだ」
画面に出ているト音記号を岳也がクリックすると、くしゃみで構成された微妙なドレミファソラシドが始まった。洋一は笑いが止まらない。すっかりツボに入ってしまった。