なんでこの人はこんなことをしてるんだろう。世の中にはいろんな人間がいるもんだなぁ。
なんて世界は広いんだ……。笑いながら洋一はそんなことを思う。
「これは全部女のくしゃみで出来てる。女のほうが音域が広いんだ。男のはだいたい音は決まってる。けどその分、ボリュームがある。だからビートは男」
ドラムが1から5まであった。岳也はドラム2をクリックした。ウォン! スピーカーが吠えた。洋一はビクッとし、笑いを引っ込める。
「なんですか、今の」
「くしゃみだよ。禿げおやじだったな」
同じくしゃみとは思えない。
「よく録れますね。だって、くしゃみなんて、いつするか分からないじゃないですか」
「まぁな。でもそれが不思議とだんだん分かってくるんだよ」
「マスクをして、いかにも風邪ひいてそうな人とか?」
岳也は顔をしかめて首を振る。
「マスクをしてる人は駄目だ。音がくぐもるから。そういう人には近付かない。この人のくしゃみを聞いてみたいなって人の近くにさりげなく寄る。くしゃみをする前って、大きく息を吸い込むだろ? その瞬間に録音ボタンを押すんだ」
「じゃあやっぱりくしゃみをしそうな人が前もって分かるわけじゃないんですね」
「正確には分からん。けど、俺が近寄った人は四十八パーセントの確率でくしゃみをする」
洋一はハハと笑う。
「四十八パーセントって微妙ですね。高いんだか低いんだか分かりませんよ」
「ほら、好きなの押していいよ」
岳也が画面を示す。洋一はドラム群の隣のシンバルという文字をクリックしてみた。空気が細い穴から抜けるような、鋭い音が飛びだしてくる。
「曲を作ったんだけど聴くか?」
「もちろんもちろん」
岳也は曲という項目をクリックする。『花火』、『冬の朝』、『宝石泥棒』、など十曲くらいある。
「どれがいいかな……。じゃ、最新のやつ、『通勤電車』にしよう」
「通勤電車?」
「タイトルだよ」