アリとキリギリス

昼休み、賢一(けんいち)は小学校の裏庭に呼び出されていた。前日、六年生の剛史(たけし)が近所の駄菓子屋で万引きをした。それを目撃した五年生の賢一が、先生に告げ口した事への報復だった。

「よくも告げ口してくれたな」
「僕じゃありません……」
賢一の言い訳に、剛史が切れた。
「嘘をつくんじゃねえ! あそこにいたのは、お前だけだっただろ!」

剛史は、六年生の仲間たちと賢一を取り囲み、頭を小突いていた。
「何とか言ってみろよ!」

五年生の賢一は、どちらかというと小柄で大人しいタイプだった。剛史は、その賢一に告げ口された事が頭に来た。

「お前も終わりだな」

剛史はそう粋がると、笑いながら振り返った。そこにはガキ大将の将太(しょうた)が立っていた。将太は、他の六年生たちより二回り以上身体が大きかった。将太は黙ったまま、両手をズボンのポケットに入れ、賢一を見ていた。しびれを切らした剛史が、将太の顔色をうかがった。

「将ちゃん……」

将太は何も言わず、動かなかった。そこに居る全員が将太の顔色をうかがった。

しばらく沈黙が続いたが、将太は面倒くさそうに歩み出た。そして賢一の前まで行くと立ち止まった。

「仲間だからな……」
将太はそう呟き、賢一を見下ろした。そして賢一の髪の毛を左手で鷲づかみにすると、顔を上に向け、睨みつけた。

「お前、俺の仲間だと分かっているのにチクったのか?」

賢一は、あまりの怖さに声も出ず、ただ震えていた。そんな賢一を見て将太は、面倒くさそうに言った。
「いい子ぶりやがって!」

将太は、賢一の腹にパンチを入れた。

将太は小学生にしては身体が大きく、身長が一八〇センチ弱、体重は一〇〇キロ以上あった。その体格のおかげで、中学生と喧嘩しても負ける事はなかった。そんな将太のパンチは、一学年下で小柄な賢一には堪えた。賢一は腹を押さえてかがみ込んだ。

「うっ……」
“息が出来ない……”

それが合図のように、六年生たちは一斉に賢一を蹴った。賢一は倒れたまま、身体を丸めて頭を押さえていた。その時怒鳴り声が聞こえた。

「やめろよ!」

六年生たちは蹴るのを止め、一斉に声の方に目をやった。そこには賢一の同級生の禅(ぜん)が立っていた。剛史が怒鳴った。

「なにカッコつけてんだ!」

それはお決まりの光景だった。剛史は喧嘩が弱いくせに、将太の金魚の糞のようにくっ付いている、いわゆるカス野郎だ。六年生の喧嘩や問題は、いつも剛史が作り、将太の所に持ってくる。禅は呆れた顔で剛史を見つめた。それを見て、剛史が笑った。

「なんだ、禅、文句あるのか?」

禅は五年生の中では、スポーツ万能でリーダー的存在だった。しかし六年生の将太とは対照的で、ガキ大将というよりも、優秀なリーダーというイメージだった。だから将太たちとは違い、グループを組んで悪さをする事はしない。身体も五年生にしては大きい方だが、どちらかというと背が高く細身で、外見も将太とは対照的だった。将太は剛史を押しのけると、禅の前まで近づき睨んだ。