第1作『ブルーストッキング・ガールズ』
美津は、午前中の発作が収まり、ぼんやりと庭先を見ていた。池の端のモミジも少しずつ紅色を増してきている。スズメ、ホオジロがやって来て、静かに鳴いている。
離れの部屋には、光がいっぱいに降り注いでいる。今日は小春日和で暖かく、縁側のガラス戸も開け放たれている。今村医師は、この病気には太陽の光を浴びることが有効である、と教えてくれた。
久しぶりに老女中のタネが床を上げ、庭先に干してくれた。思い返せば、この病気のきっかけになったのは、今年の五月だ。学校の帰り、驟雨(しゅうう)に濡れるのもかまわず、城跡や公園を歩き回ったのだ。
もともと美津は雨の中が好きだった。子どもの頃、ずぶ濡れになって家人に怒られたことがある。でも美津は土砂降りのとき、雨粒がぴしぴしと体に当たるのが何より気持ちよかった。
しかし、そのときは次の日から咳が激しく出るので、風邪を引いてしまったかなと思ったのが始まりだった。咳は十日も二十日も続き、微熱も下がらず、夜にはたびたび高熱も出た。
今村医師から「結核ですな。学校は休みなさい。ゆっくり静養すること、たっぷり栄養を摂ること、これがいちばんだいじなことだ。まあ、おてんば娘に罰があたったんだな」と診断された。
美津は学校を休むのが悔しかった。友人たちと勝手気ままに遊び回ることができないこと、紅林先生のあの美しい英語を聞くことができないこと、校庭の噴水で本を読んだり、手をあの冷たい水に浸すことを、しばらくは我慢しなくてはならない。