家に戻った杉井を謙造は満面の笑みで迎えた。

「そうか。そうか。謙一が合格しなければ合格する奴はいないものなあ」

あれだけ家業に励んで家を支えろと言っておきながら、息子が軍隊にとられて商売の戦力ダウンになることが何故そんなに嬉しいのだろうという疑問が頭をもたげたが、これも父親として一人前に育て上げたという満足を実感してのことかな、と杉井は善意に解釈することにした。

母たえは、杉井の報告を受けると、

「そう。今日はお赤飯を炊いてお祝いしましょうね」

とだけ言った。下唇をちょっと引いた母の表情は心なしか淋しそうに杉井には映った。その表情は無邪気に喜ぶ謙造のそれとは対照的で、杉井はふと「おふくろはあまり喜ばない気がする」と言った高崎の言葉を思い出した。

翌日から杉井は謙造に言われて親戚や知人の家を挨拶して回った。どの家に行っても対応は極めて近似していて、まず、

「もうそんな年になったんだねえ」

と大仰に驚いたような顔をし、
「それにしても立派になったものだ」

と、特にどの部分が立派になったのかの裏づけのない形式的な賞賛の言葉で締めくくるのだった。これが徴兵検査の合格者に対する社交辞令なのかなと杉井は思った。