【前回記事を読む】風呂場で発見された男の遺体…外傷ひとつなく、胃には未消化のラーメンが残っていた。司法解剖で明らかになった死因は……
零章 第一の殺人
◇5◇
「わかりました。それにしても空閑さん、眼球が充血していますね」
沢渡は、あらかじめ自販機で買っておいたコーヒーを空閑の前に置いた。
「昨夜は交感神経が熱くて、眠れやしない。沢渡も目玉が真っ赤だぞ」
と言うと、缶コーヒーのプルトップを開け、コーヒーをゴクゴクと喉を鳴らして飲み込んだ。
「昨日のように映像を見ながら何かを捜すなんて慣れないことは、するものじゃありませんね。大きい声では言えませんが」
「充分大きな声だ! また誰かに聞かれるぞ」
「すみません。ああ、これが検案書です」
沢渡は手元の書類を空閑の前に滑らせた。空閑は検案書に目を落とし、黙読した。
「これはちょっと拙いな」
と、空閑は渋面を作った。
薬毒物検査・合成カンナビノイド系ドラッグ(大麻)検出と記載されている所を指差し、沢渡刑事に視線を送った。
「五課と麻薬取締部の出番ですかね?」
沢渡が空閑の意図を汲んで呟いた。
「管理官に報告して、この線もこちらでやらせてもらえるようにしよう」
空閑は言うと沢渡に顔を向けた。
「そうですね。あと身元を割り出せるのは、親不知の抜歯か……。警察歯科医の出動要請をしましょう」
「そうだな。我々も歯科医を回るか……」
「黒薔薇の茎に数種類の指紋を採取したそうです」
「あの細い茎に指紋が……?」
空閑は首を傾げたまま、眼球だけを沢渡に回した。
「そりゃ、指の一部分だけでしょう」
「だな。それって誰の指紋か特定できる大きさなのか?」
「鑑識は、特定できる確率は20%前後と言っていました」
「まあ、ないよりはマシってことだな」
「あんまり、期待しないでおきましょう」
空閑が軽く頷いた。
「それより、あの黒薔薇は人工的に加工して作られていたのか? どうやって黒い色にしたんだ」
空閑は眉間に縦皺を寄せ、怪訝な目を沢渡に向けた。
「いやー、そこまでは……。それに私、理科はさっぱりです」
沢渡はすまなそうに答えた。
「花屋でも『プリザーブドローズ』を取り扱っている店はそうたくさんはないだろう、調べる価値はありそうだな!」
空閑は自分の言葉に自分で納得するような喋り方をした。
沢渡は、続けて空閑に言った。
「被害者の右手中指に皮膚片が見つかっています。DNA鑑定するそうですね」
沢渡が空閑の充血した目を見た。
「DNA鑑定は時間がかかるし、結果が出ても照合する相手がいないとなあ……。しかもまだガイシャの身元も不明のままだ……」
空閑の口調が尻すぼみになった。
「歯科医より『プリザーブドローズ』が先のような気がします」
沢渡の声に張りが出た。
「ところで、被害者の死亡推定時刻というのは、何時頃になる?」
「検案書では死後6から7時間。発見されたのが午前10時30分頃ですから……午前3時半から4時半の間となりますね」
「死亡推定時刻は午前3時半から4時半の間か」
沢渡は、空閑の時系列を引き継ぐように言葉をつないだ。
「犯人が客室の精算機でチェックアウトしたのが午前8時12分ですから、殺してから4時間近くもの間、どう時間を潰したのですかね?」
沢渡は顎を摩り思考を巡らせた。