その声の張りといい、よくよく見ればずいぶんと若い風貌であった。しかしこの厳冬期の剱の山域で、スコップも持参していないとは準備が悪すぎる。
「あんたら、スコップ持ってないの?」
鬼島が半ば呆れた声色で言うと、若者はニワトリのように首をぺこぺこと動かしながらすまなそうに「はあ……」と言った。鬼島は顎をしゃくってテントの脇に差し込んであるスコップを示した。
「それを使えば良いけど、しかし、あんたら舐めすぎだぞ。ここは剱岳だ。八ヶ岳や南アルプスとは雪の量が違う。わかってんのか?」
鬼島に凄まれ、若者は戸惑いながら動かなかったので、しばらく見ていた川田は雪に突き刺してあるスコップを取り上げ、若者に手渡した。若者は「すいません」と言うと、ドームの頂上へ戻っていこうとしたので、川田は慌てて「それから……」と声をかけた。
「今夜から天気が崩れそうだから、なるべく風が吹き抜けないところにテント張ったほうが良いよ」若者は「わかりました。ありがとうございました」と礼を言い、また首をすくめながらドームの頂上へ戻っていったが、しばらくして川田のアドヴァイスを受け入れ、川田らのテントのすぐ上まで荷物を運び、整地を始めた。
「しかし、彼ら無茶しますね」「最近はああいうのを教育する場がないからな」鬼島は憮然とタワシを使って残った雪を払った。
「俺らが若い頃は計画書を出した段階で先輩から装備不足だって怒鳴られているけどな」
「ワカンも持っていませんでしたよね。冬山の経験すら少ないのじゃないかな」
「ま、ああいうのには関わりたくないな」と鬼島は言い、テントに潜り込んでいった。川田も鬼島のあとに続いてテントに入った。
鬼島と川田はテントに入ると、昨晩と同じように雪を溶かし、湯を沸かし、夕食を取った。夕食を取っていると、先ほどの若者がスコップを返しに来た。川田はテントから顔だけ出してスコップを受け取った。若者は「ありがとうございました」と、恐縮するように言って自分たちのテントに戻っていった。
その晩は、予想どおり天気が崩れた。
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