【前回の記事を読む】【厳冬の剱岳】登山者2名が難所の岩塔へ。先行した1名の姿が見えなくなり、35メートル伸びたロープが止まった。その後……

第二章 小窓尾根

川田は自らの身体と岩壁を繋いでいるセルフビレイを外し、支点として使っていたスリングやカラビナを回収し、そして「登ります!」とまた鬼島にコールをしてニードルの絶壁に向かってトラバースを始めた。

川田は、鬼島のつけたトレースを慎重にたどった。雪壁の中に鬼島のつけたスタンスを探し、それにアイゼンの前爪を蹴り込み、そろそろと横ばいを続けた。壁がえぐれている悪場は鬼島を真似て同じように上部にバイルを打ち込み、大きく足を広げてクリアした。

ニードルの基部を回り込むと雪壁の傾斜は緩み、何とか二本の足を地べたにつけて歩ける稜に出た。

鬼島は太くしっかりした潅木を使って支点を作り、川田をビレイしていた。川田が鬼島のもとにたどり着くと、鬼島は川田を確保していた確保器からロープを外し、ビレイを解除した。そして、ロープを畳みにかかった。ここから先はまた二足歩行が可能で、ロープを伸ばす必要はない。

畳み終わったロープをザックに括りつけ、先を急ぐ。そろそろ夕刻も近いので、今晩のテント場を確保しなければならない。目の前には次の難所である「ドーム」と呼ばれるピークが聳えているが、登攀ラインは一旦下っていた。

下りきったところでニードルを振り返ると、鬼島と川田がニードルの前で抜かしたパーティーが、鬼島が引いたトレースを丁寧になぞるようにトラバースを始めていた。

「あいつら大丈夫ですかね」と川田が言った。

鬼島は「さあな」と、今や後続となったパーティーの登攀ぶりに一瞥をくれただけでドームの登りに取りかかった。

ドームの登りは急な雪壁となっているが、鬼島と川田の技量であればロープを出すまでもなかった。数十メートルの登りで広いドームのピークに達した。ここが計画どおりの今晩のテント場だった。

今朝の予想では夜半から一時的に天気が崩れる。ドームの頂上は風が吹き抜けるので、頂上から少し下がった場所にテントを張ることにした。昨夜と同じように山用の軽スコップを取り出して雪面を整地し、その上にテントを張り、夜半の強風でテントが飛ばないように、ピッケルとバイルを雪面に突き刺し紐を結んでテントを固定した。

テントを張り終え、昨晩と同じようにタワシで身体についた雪を丁寧に払っているところで、先ほどのパーティーの一人がこちらに近づいてきた。

「すんません。スコップ貸してもらえませんかね」と言った。