【前回の記事を読む】「あんたら舐めすぎだぞ。ここは剱岳だ。八ヶ岳や南アルプスとは雪の量が違う。わかってんのか?」準備が悪すぎる若者に…

第二章 小窓尾根

シュラフの中で寒さに震えて時折目を覚ますと、風がびょうびょうと強くテントを掠める音が聞こえ、さらに夜半からは、ポツポツと雪が風の勢いに乗ってテントを叩く音がした。おそらく外気はマイナス二十度程度だろうか。

軽量化のため、鬼島と川田がくるまっているシュラフは春から秋にかけてのスリーシーズン用の薄いシュラフだった。寒さに耐えながら寝るのは厳冬期のバリエーションルート(一般的な登山道が整備されていないルート)の常であるが、悪天のせいもあろうがいつになく寒さが堪える夜であった。

何とか温もりを確保しようとシュラフの中で悴む足先をテントの隅に転がっているザックの下に潜り込ませたり、膝を折って身体を丸めたりして短く浅い睡眠を取った。

夢か現(うつつ)か、夜半からの冷え込みのために終始浅い眠りだったため意識がその境目でどちらにも行けず、朦朧の中でテントを叩く風と雪の音を聞いていると、そのうちに昨朝と同じく腕時計のアラームが鳴った。

もう四時か、このシュラフから出なければならないか、という些細な絶望を感じつつ、モゾモゾと腕時計のボタンを探りアラームを止めると、今度は鬼島の腕時計のアラームが鳴った。

外は吹雪であるが、時折テントが軋む程度の強さであるから冬剱としてはさほど強くもない。昨朝の鬼島の予想は正確で、おそらくこの程度であれば、一定の視界さえ確保できれば行動はできるであろう。

シュラフから這い出し、シュラフとシュラフカバーを畳み、コンロに火を入れ、コッフェルに一杯の雪を詰めてコンロにかけた。テントの中の温度が一気に上がり、空気と筋肉が緩んだ。

この季節の雪はサラサラと軽く、コッフェル一杯に雪を詰めても溶かせば容積にして四分の一程度の水しかできない。コッフェルの中で雪が解け始めると、さらに雪を足すという作業を何度か繰り返した。

くべるための雪は、昨晩のうちに大きなビニール袋に掻き集めてテントの入口に置いてあるので外に出る必要はないが、そのビニール袋の中の雪をすくい出すためにテントの入口を開けると、外の凍てついた空気がそのたびにテントに入り気温が下がる。

沸かしている最中のぬるま湯から発した水蒸気は、入り込んだ冷気によって急激に冷やされ、一気に白い靄(もや)となってテント内を漂った。

湯が沸くと、フリーズドライの味噌汁を二人分コッフェルの中に入れ、昨晩のうちに水を入れて戻しておいた二食分のアルファ米をその中にぶち込み、おじやを作った。食事中もさらに雪を溶かして湯を作り、鬼島と川田のサーモスを満タンにした。この湯が行動中に取れる唯一の水分となる。