囲炉裏の火に照らされた離れの部屋で、2人は重なり合った。藤堂さんの手は優しく丁寧だった。よし子の体の隅々まで大切にするように触れた。
「こんな気持ち……もう二度とないと思ってた」
よし子が囁くと、藤堂さんは額に唇を落とした。
「僕もです」
窓の外は夜の闇に包まれていた。遠くで沢の水が流れる音だけが聞こえる。2人の体温だけが、小さな離れの中に満ちていた。
ふと、藤堂さんが身を起こし、よし子の顔を覗き込んだ。囲炉裏の灯りに照らされたその瞳が、真っすぐにこちらを見ている。
「よし子さん。——雅彦、と呼んでくれませんか」
「え——」
「『藤堂さん』では、まだ距離がある気がして。名前で呼んでほしい」
胸が震えた。名前を呼ぶということは、雇い主と従業員の線を越えるということだ。でも、もうとっくに越えている。
「……雅彦」
声に出すと、その響きが胸にまっすぐ沁みた。藤堂さん、ではなく——雅彦。たった数文字の違いなのに、急に距離が縮まった気がした。
雅彦がふっと笑った。嬉しそうな、照れたような笑顔だった。
(笑顔がこんなに可愛い人だったんだ)
「もう1回」
「……雅彦」
雅彦はよし子の手を取り、胸元に引き寄せた。心臓の音が伝わってくる。自分のと同じくらい早く脈を打っていた。
正志、ごめんなさい。心の中でそう呟いた。でも、もう1人で生きていくのは寂しすぎた。
雅彦の腕の中で目を閉じると、長い長い夜が始まった。
「月川みのり・新作公開記念!『愛され未亡人の、湯けむり恋物語』ピックアップ」
次回更新は10月26日(月)、17時の予定です。
月川みのり氏・最新作も11月からGLOで連載開始予定! お楽しみに!
▶この話の続きを読む
2人で迎えた初めての朝…「どこ行くの」彼の低い声が耳元で響いて、背筋に甘い痺れが走る。「もう少しだけ」と抱き寄せられ…
▶『愛され未亡人の、湯けむり恋物語』を最初から読む
“ある条件”さえのめば、月給32万円のハロワ求人…娘に見せると震える声で「月に1度は必ず帰ってこれるんだよね?」と…
▶この作品を読んだ方におすすめ
男女の本音と複雑な恋模様を描いた人気小説集『火点し時』
【第1回】月に3回、同僚とホテルへ行く習慣ができた。職場の飲み会の帰りにそういう流れになって、恋人はいたけど止められなかった。
ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp