梅ヶ丘駅前の広場に車椅子に乗った一人の中年女性が声をあげていらっしゃいました。首から下げた紙(プラカードのようなもの)には「身の回りのお手伝いをして下さる方を探しています」と書かれていました。私はそれを見てすぐに横にいた母に「私、やりたい」と言いました。

すると母はとてもこわい顔をして「できるわけないでしょ! 大変なことなのよ!」と私の手を強くひっぱり、怒って言ったのです。今となっては、当時、夫婦共働きで、母がそういったことに関われる気持ちの余裕ももちろんないですし、実際そんな簡単なことではないと深く納得しています。とても短絡的なことでした。

その後、同居していた祖母(当時88歳)が認知症になり、自宅で介護する両親を見て育ちました。私が短大二年の時に自宅で亡くなりました。

社会に出てからは介護とは全く無縁でした。食に興味があり、栄養士の資格を取得し、食品会社に十年勤め、その後ODAに関心を持ち、JICAの緊急無償支援のお手伝いで派遣社員として三年、その後結婚を機に横浜市へ転居し、職探しの中で金融業に興味を持ち銀行支店の専属事務社員として二十年間勤めました。先月一月末日をもって退職しています。

銀行業務も専門的で、六十五歳の定年でしたが辞めても何も残るものがないことを常々考えていました。そんな中、両親も八十歳を超え、自身の人生の後半を考えるようになりました。

介護のイメージは決して良いものではなく新聞やニュースでも多く見かけてはいましたが、自分は何も知らない、しかしいつか関わることになるこの世界を知りたいと思うようになりました。

昨年、仕事をしながら毎土曜日に通える場所を見つけ、初任者研修の資格をとりました。その四ヶ月間通った講座が、まず介護のイメージをガラリと変える素晴しい内容だったのです。

「尊厳の保持」と「自立支援」です。この仕事をやりたい、携わりたい、もっと深く知りたいと思いました。そこからベネッセのこのホームに転職を希望いたしました。

まだ介護の世界の入り口に立ったばかりです。知らないことばかりなので、まだ「好き」とは言えません。しかし毎日喜びがあります。知る喜び、成長できる実感、入居者の方々との出会い、教えていただける喜びなどです。

また、生活が変わってしまったことでの家族の協力もあります。振り返った時、あるいは仕事をしながら「この仕事が好きです」と自信を持って言えるように努力していきたいと思います。

北沢様には、こういった自身を振り返る機会をいただきましたこと、心より感謝いたします。今後とも、たくさんのことを学ばせていただきたく、よろしくお願い申し上げます。

末筆ながら、長文と乱筆乱文になりましたことお詫び申し上げます。

藤井

 

👉『終の棲Ⅶ』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】彼女を抱くと、体中の縛りが解き放たれる。「急がないで、お願い、ゆっくりして」と喘ぐ声を聞きながら、俺は…

【注目記事】妻の不倫相手のアパートに突撃!ドアをこじ開け土足のまま上がりこむ…部屋にいた男は妻と同じ職場に勤めていて、まだ30代だった。

 

ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp