「ピアノバー、てことは。今度は彼氏も一緒かな?」
不意打ちでかけられた言葉に喉が詰まる。飲み込めなかった水を吐き出しそうになるのを堪え、無理矢理飲み込むと、溶け込んでいた炭酸が喉に妙な絡み方をしたのか、しきりに咳が出続けた。
「ごめんごめん! 大丈夫?」
慌てたユーコがテーブルにグラスを置き、隣に腰掛けてメッサーの背中をさすり始める。歌を生業(なりわい)としている彼女の喉、おかしくさせては大変だ。途切れ途切れの返事ながらも平気と見え、ユーコはほっと息を吐(つ)いた。
「一応聞きますけど、誰ですか彼氏って?」
落ち着いた様子のメッサーは、早口で質問しつつ、じっとりとした目付きをユーコに向けた。単純な疑問文に、相手の言葉選びに抗議する意図が透けて見える。
「いつもの相棒君、ピアニストの」
「なんだ、シルトか」
メッサーから、話に出た相手の名前が返る。緊張が解けた様子の相手に対し、ユーコに少しばかりの悪戯心(いたずらごころ)が生じた。含み笑いを浮かべたユーコが、惚(とぼ)けたように問いかける。
「彼氏じゃなかったっけ?」「違いますって」
即座に否定される。まだ言いますか、と言わんばかりのしかめ面だった。
「前から言ってますけど。あいつとはそういうの、混ぜたくないんです。仕事仲間なのに、会って気まずくなるとか真っ平なんで。お互い家庭のある身ですし」
メッサーから念押しとして、自身の主義と状況が加えられる。そうだった、と相槌を打ちながら、ユーコは自分のグラスを置いていたテーブル席に戻り、思い返し始めた。
ピアニストのシルトと、シンガーのメッサー。この二人の音楽家は、生い立ちや音楽的な背景が全く違うにもかかわらず、これまでに何度も共演を重ねてきていた。息も馬も抜群に合うようで、傍(はた)から見ていて恋人かと勘違いしてしまいそうなほどに仲が良く、その間柄は何年経っても変わっていないように思う。それこそ、初めて共演したあの日から。
「ね、メッちゃん」