【前回の記事を読む】【剱岳・遭難事故】先に入山した2人の足跡がほとんど見えない…雪をかき分けて進むと、登山道には小型冷蔵庫ほどの雪塊が転がっていて……

第二章 小窓尾根

デブリを越えて取水口の手前まで行くと、道は斜面に吸収されて消えた。その時先頭だった川田は立ち止まり、さて、これをどのように越したものかと見回した。デブリで途切れていた先行パーティーの微かなトレースは右下の河原に続き、どうやら白萩川を渡って左岸に延びていた。

「左岸だな。左岸に渡ろう」と川田の背後にいた鬼島は言うと、ラッセルを交替するとも言わずに川田を追い越し、そのまま右下の河原に向かって下降を始めた。水流の際まで行くと、鬼島は白萩川の川床に散在している雪の被った岩塊を飛び石のように伝って渡っていった。川田もそれに続いた。

左岸に渡って斜面を上がり、取水口の堰堤の上に出た。白萩川はここでほぼ九十度右に屈曲し、川の両岸が壁のようにそそり立った「ゴルジュ」と呼ばれる地形になる。小窓尾根に取りつく定石のルートは、ゴルジュをそのまま進み、池ノ谷との出合を経て小窓尾根の取りつき「雷岩」に達する。

しかし事前の計画で鬼島の描いたルートはその定石ではなく、ゴルジュ地帯に入らずに、右岸側の赤谷尾根から派生する小尾根に這い上がり、これを乗越して池ノ谷出合に下降し、雷岩に達するというものであった。

ゴールデンウイーク頃の固く安定した雪であればゴルジュの中を進んだ方が早いが、新雪のこの時期であれば川床に転がる巨石の合間の雪が完全に固まっていないため、一見表面はなめらかな雪面だと思って進んでも実は巨石の合間の大穴で、その大穴に足を踏み入れた途端肩まで雪に埋もれてはまる。

ゴルジュ地帯に入り込むと、これを何度も繰り返すことになり、全くスピードが上がらない。さらに川沿いはゴルジュの切り立った両岸から降り注ぐ雪崩によって雪量も多くラッセルもきつい。

そういった理由から、定石のルートであるゴルジュを進むより、小尾根を越えていくルートの方が良い、というのが鬼島の考えだった。川田は、ふうん、そういうものか、定石どおりの方が結局早いのでは?とも思考したが、当然、川田にそのような反対意見を言う権利はなかった。

鬼島の描いたルートを取るべく取水口の堰堤から右岸に渡り返す。ほとんど雪に覆われているように見えたのだが、川の中に進んでみると一箇所水流がむき出しているところがあったので飛び石伝いにその水流を越えた。右岸に渡り、赤谷尾根から派生する小尾根の斜面を横切るようにラッセルする。

先行パーティーは白萩川沿いの一般的なルートを取ったらしく、ここから先、小尾根を乗越し池ノ谷出合に下降するまでトレースはない。鬼島は、小尾根を乗越しやすそうな箇所を観察しつつしばらく進み、樹林が薄くなったところを突いて小尾根の頂稜に向かった。