一月になると、英介の職場は変わった。

これまで、丸の内の本社に勤めていたが、出向になる関連企業は川崎にあり、通勤時間はむしろ短くなった。

仕事を終えてマンションに帰ると、葉子が食事をつくって待っているという生活が始まった。若い頃から、残業や休日出勤をいとわずに、がむしゃらにやってきた英介にとっては、新鮮な生活だった。

平日の夜に家で食事をするなんてことは、これまでにはなかったことだ。葉子は、手の込んだ料理をテーブルに並べきれないくらいにつくってくれた。料亭の女将として鍛えられただけあって、味も見た目も確かだった。

英介と葉子の生活は、平穏に、ゆっくりと過ぎていった。

「君がここに来てくれてから、家の中が変わった」ある日、英介は葉子に向かって言った。

「そう?」

「華やかになった」

「好きなものや、美しいものに囲まれていられたら、わたしはそれで幸せ」葉子の口癖だった。

テーブルクロスは、ブルーのストライプが鮮やかなものに変わり、シーツも枕カバーも、明るい色になった。ホームセンターで手に入るような廉価なものだったが、日常のものが少し変わるだけで、空間が違ってきた。

そういう、ささやかなところに楽しみを見つける葉子の姿に感心しながら、葉子の色がこの狭いマンションの中で、少しずつ滲み広がっていくような気がして、英介は深い幸福感を覚えた。

葉子は、お酒をよく口にした。とくにワインが好きだった。イタリア産のサンジョベーゼをダース買いして、二日に一本くらいのペースで空けていた。重たいワインだったが、どんなに飲んでも、葉子は乱れることがなかった。

白い肌に、うっすらと膜を張ったように赤味が乗り、その色合いが、なんとも艶めいていた。

英介が休みの日には、明るいうちから二人でワインを開けることもあった。買い込んでいたピクルスやチーズを大皿に盛り付けて、バルコニーで即席のピクニックをしたりした。そういうときの葉子は、心から楽しんでいるようで、英介もそれが嬉しかった。

 

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