【前回の記事を読む】やっとまとまりそうな縁談。しかも相手は豪農・土方家。しかし、祝言の日取りを決めようとした瞬間、「その話待ってもらえるか」と…

偲ぶ恋の熱田めぐり

「それならば……許婚ということにしてもいいか。進めていて話が突然なくなるのはお琴さんにもご両親にも悪い」

「ああ。かたじけない」

その会話を聞きながらすぐに祝言をあげるという話は一瞬で許婚という言葉で落ち着いた。この話し合いが終わった後にお琴が聞いた話では両親も歳蔵を説得しようと考えていたが、歳蔵を可愛がっている為次郎の顔をたて、両親は落ち着いたとのことだった。

これが後に幕府のために最期まで奮闘した新選組副長・土方歳三として名を馳せた男の許婚となったお琴の物語の始まりだ。 

土方家での出来事から数日。お琴や両親はいつも通りの日常を過ごしていた。為次郎含め常連客と他愛ない話をしていたが、縁談がどうなったのかを聞こうとする人は誰もいなかった。

(本当に許婚で良いのでしょうか)

日中のことを考えながら、お琴は一人、夜の縁側に座っていた。雲一つない夜空に綺麗に星が見えていたが、お琴の心はこの夜空とは対照的で曇っていた。破談になったわけではなく、許婚という立場になったことはお琴にとっては安心できることではあった。

しかし許婚となった歳蔵の気持ちを聞いて、心が曇ったままであった。

(しっかりとした大望のある土方様にとって許婚はむしろ重荷なのではないでしょうか)

歳蔵の言う〝大望〟がどのようなものなのかお琴には計り知れなかった。しかしその場にいた全員、特に親族が肩を落とすほどの真剣さを持ったまなざしで見つめられるほどの歳蔵の強い想い。

その場にいたお琴でさえ一瞬でも〝破談〟の二文字が頭に浮かぶほどであった。歳蔵の兄である為次郎の提案に頷いた歳蔵ではあるが、実際の本音はどうなのか、あの場にいたお琴には知るすべはなかった。

(目は合ったけど直接話したわけではないですし……)

一度も顔を合わせずに輿入れすることも少なくない。それを考えれば当人たちの意見を聞き入れてもらえるだけ両親の言う良い縁談だと思われる。しかし今回決まった許婚になるという決定を覆すことはお琴自身にはできなかった。

両親が喜んでいる気持ちをお琴が壊すことは決してしたくない。それだけお琴にとって両親は大切な存在なのだ。

(店の手伝いに精を出していれば気にもならないでしょうか)