【前回の記事を読む】トラックに踏まれても壊れず、防水仕様で椅子にも枕にもなった…当時のビジネスマンが「忍者アイテム」と呼んだ必携品とは

タイのへそピッツァヌローク

「現在の人口は約6500万人。でも、メナム平野で採れる米だけでもあまる位で、タイは世界有数のコメ輸出国なんです。さらに、高原地帯の東北でももち米や陸稲が作られていて、それが全体の24%にもなる。つまり、米だけは十二分にあるのです。お陰でタイは建国以来約650年、『世界で唯一、飢えたことが無い国』と言われています。

タイの東北部はイサーンと呼ばれ昔はラオスの領域だったので、住民も風習もラオス的で彼らの常食はもち米です。世界市場でジャスミンライスと呼ばれるカオホーム(香り米)は高級米で塩分が多い東北でしか採れません。

ちなみにタイの水稲は直播きで雨季の急激な水量の増加に対応して水中でグングン伸びますので農民は小舟に乗って水面上に出て実っている稲穂だけを摘み取り、長く伸びた稲わらはそのまま水中で朽ち果てて有機肥料になります。稲は基本的に年に1度の収穫です」

タイの食糧事情を話し終えると、アピラック氏は本題に入った。

「さてこの辺で私がなぜ今日あなたをここに案内したのかについて説明しましょう」

「はい、是非とも」

「あなたが初めて私の事務所を訪問されたのは、たしか5月の初め頃でした」

「はい確かに」

「あの時あなたは約束の時間に30分も遅れましたが、きちんとワイシャツを着てネクタイを締め、炎天下を汗だくになりながら我々の住所が書かれたメモ紙を握り締め、たったひとりで来訪されました。

しかも20キロもあるプロジェクター(映写機)と5キロもある黒鞄を持って100メートル先から道に迷って歩いてこられた。あの時驚いた守衛からの知らせに、飛び出して行った私は、あなたの姿を見て思わず感動して、慌てて冷房の効いた部屋に引き入れました。

あの時の外気温は優に40度を超えてましたから、タイ人なら絶対に外歩きは避ける時間帯でしたよ」

「そうでしたね。私もあの時の記憶は今でも鮮明に残っています。あまりの暑さに朦朧として死ぬかと思いました。

何しろ、初めて炎天下の官庁街に降ろされ、まわりには人影もない。鉄柵に囲まれた建物が続き、道を尋ねるすべもない。私はやっと見つけたガードマンに、鉄柵の外からしがみつくようにして助けを求めたのです。そして彼が『民政局は100メートル先だ。看板を見ればわかる』と教えてくれたお陰で、ようやくたどり着けました」