【前回記事を読む】貧乏学生が総合商社に就職…入社1年目、24歳でニューヨーク駐在員に抜擢された!これがきっかけで人生が大きく変わり…

人生の転機

高校時代

ある時、大船渡港に大型の外国船籍のタンカーが入港しました。この船のマイヤー船長へのインタビューを企画し、高校の新聞部の仲間と、記者として乗り込むことに成功しました。そしてその夜、マイヤー船長に夕食に招待されました。一流レストランクラスのフルコースを、税関長の通訳つきでご馳走になりました。これは18歳の少年にとっては、衝撃そのものでした。

ウエイター付きの食事は、高級感を味わえるうえ、まさに別世界の初体験でした。これがきっかけとなり、船の生活にあこがれぜひ外国に行ってみたいという気持ちを持つようになりました。思えばこれが人生最初の動機です。

もう一つは、高校の英語の時間に、朗読を指名され、読み終わるやいなや米国留学経験のある先生から「君の発音はどこの国ですか」とコメントされました。当時、米国人のように綺麗な発音をする女生徒がいましたが、私は、田舎者としての劣等感を強く持っていました。それだけに、恥ずかしいと思う気持ちが強く、くやしさと恥ずかしさで瞬間的にパニック状態でした。

と同時に、どうしたら英語らしい発音ができるのだろうと考えた結果、中学時代に英語の先生から、教会の牧師さんに英語を習い、上手になった学生の話を聞いたことを思い出したので、さっそく丘の上の教会で、外国人に英語を学ぼうと決心し、教会を訪ねお願いしました。神父様は聖書を勉強することを条件に、英語を教えましょうとのことでした。

実は、このもう一つの条件こそが、わが人生にとって大きな意味があり、すばらしい人々との出会いになったのだと、その後重要性について再認識をするのです。全てのことに通じることだと思いますが、勉強の結果というものは、直ぐには効果に表れず、時間が経ってから少しずつ効果が出てくるものだと思います。

このガイツィル神父様には、その後一生を通じていろいろなことを教えていただきました、人生の恩人の一人です。

高校時代の人との出会いで、もう一つ重要なことがあります。

数学の瀧澤清太郎先生です。先生は寮の舎監もされておりました。独身で若い先生でした。

「わからないことがあれば何でも聞きにきなさい」という言葉に甘えて、舎監室を訪ねました。

最初、お菓子とお茶が出ます。貧乏学生ですから、夜の8時ごろになるとちょうどお腹がすく時間です。

先生はさりげなく気持ちをやわらげる話をしながら、問題集の手ほどきに入ります。魔法を解くような説明に、不思議さを感じ、どうしてそんなに何でも解けるように育ったのか、幼少時代のお話を伺ったものでした。