「俺には何も言わないからわからないよ」
「とぼけなくてもいいじゃない。いいとこ狙っているんでしょう?」
幸恵はニタッとしながら隼人の顔色を窺う。
「まあ、本人はT大に行きたいみたいだけど」
「やっぱり」
幸恵がしたり顔で言う。
「見込みはありそう?」
「そんなに簡単なわけないだろ。英語でも数学でも教えてやると言ってるんだがなあ」
「美咲ちゃん、塾には行っていないの?」
「週に2~3日予備校に通っている。それに通信添削もやってるよ」
幸恵はため息をついた。
「恵まれてるわねー。私立に通って、予備校、通信教育。ウチじゃとても真似できないもの」
「逆だよ。あれもこれもやりすぎ。教科書と必要最小限の参考書と問題集があればそれで十分。いろいろやらないと後れを取るんじゃないかと不安なんだろ。だから、次から次へと手を出す。それでも足りないから予備校に通い、通信添削もやる。なんだかかわいそうになっちゃうよ」
幸恵は意を決したように隼人に話し出した。
「兄さん、時間があるんなら悠太の勉強を見てもらえない?」
隼人は突然何を言い出すのかと思ったが、幸恵の目は真剣だった。
「相談にのってくれということか?」
「それもだけど、実際に勉強を見てもらえると助かる。来年はなんとしても入らないと……」
「ウチの子も教えられないんだよ。甥っ子とはいえ、他所(よそ)の子を教えるなんてとても」
「他所だからいいのよ。親子や兄弟だとうまく教えられないって言うじゃない。すぐ喧嘩になったり、甘えが出たり」
幸恵は食い下がった。
「その点、悠太は大丈夫。小さい頃から、兄さんに憧れて、将来はT大に入って研究者になるんだと言っていた子だから。兄さんの言うことならよく聞くと思う。兄さんと同じで県立高校だし、塾とか通信添削とも無縁。それに、兄さんの話聞いていると、美咲ちゃんよりも悠太のほうが兄さんに合いそうな気がする」
父親が亡くなったとき小学6年だった悠太は、それまで目指していた私立の中高一貫校を諦め、地元の公立中学から県立A高校に進んだ。悠太の3つ下には弟の颯太(そうた)がおり、女手ひとつで私立に通わせる余裕はなかった。
次回更新は10月30日(金)、18時の予定です。
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