はじめに

分かっているのに、なぜ同じことを繰り返すのか

私は、43年間、企業という組織の中で働いてきました。大学薬学部を卒業後、外資系製薬会社に入り、MR(Medical Representative)として営業の現場からキャリアを始めました。

そのあと、事業戦略、コマーシャルエクセレンス、スペシャルティ事業、流通政策など、さまざまな部門で本部長を務め、多くの人と出会い、多くの組織の変化に関わってきました。

振り返れば、ずいぶん長い時間を、成果を出すこと、人を育てること、組織を動かすことに費やしてきたと思います。しかしいま、静かに過去を振り返ると、胸の奥に残っているものがあります。

それは、達成感だけではありません。成功体験だけでもありません。むしろ、もっと早く気づけていたら、違う関わり方ができたのではないかという後悔です。

あのとき、なぜ、あの人の苦しさに気づけなかったのか。なぜ、正しさを伝えることを急ぎすぎたのか。なぜ、相手の反応の奥にある不安や恐れを見ようとしなかったのか。

なぜ、成果を出せば人は自然に育つと思っていたのか。なぜ、知識やスキルを与えれば、人は変わると思い込んでいたのか。

私自身にも、数えきれないほどの未熟さがありました。相手のためだと思いながら、相手を追い詰めていたことがあったかもしれません。

成長を願っているつもりで、こちらの期待を押しつけていたことがあったかもしれません。正しいことを言っているつもりで、相手の心の流れを見失っていたことがあったかもしれません。

部下の可能性を信じていると言いながら、実は自分の不安を手放せず、任せきれていなかったこともあったと思います。組織の中で働くということは、人と向き合うことです。

しかし、人と向き合っているつもりで、実は役割や成果や数字だけを見ていた時期が、私にもありました。その人が、何に反応し、何を恐れ、何を守ろうとし、何を願っているのか。その奥にある心の巡りを、十分に見つめられていなかったのです。