『夏の終わり 縁側と他愛のない話』

 我が家には猫がいる。

白い毛並みに大きなからだ。

目は切れ長で。

ゆったり歩く姿はボス猫。

そんな風格を漂わせている。

家族はこの猫を可愛がったが。

猫が懐くことはなかった。

腹が減っても媚びた顔ひとつ見せない。

ふてぶてしい猫。

この猫は元々野良猫だった。

それをこの家の主人が保護した。

保護してもらった割には態度がでかい。

それでも。

猫を不憫に思うところはある。

それは名前。

ワン。

犬の鳴き声が名前となった猫。

洒落が効いている。

家族はみな微笑んだが。

本人の反応は違った。

名を呼ばれるたび顔を背ける。

その姿を見ていると。

冗談じゃない。

そんな態度に思えた。

名前を付けたのはこの家の主人。

主人とワンの出会いは今年の夏だった。

セミがミンミン激しく鳴き。

猛暑が続く暑い午後。 

太陽は熱のシャワーを降り注ぐ。

主人はエアコンの効いた部屋から庭を眺めていた。

暑さのせいか。

外の景色は蜃気楼のように揺らいで見えた。

主人は今朝の天気予報を思い出す。

「昨日に引き続き今日も快晴。

猛暑日の連続記録は更新されるでしょう。」

時刻は午後二時。

一日の中で最も暑い時間帯だが。

エアコンに慣れてしまうと。

季節は目で見るものとなった。

だがそれでは夏の暑さを感じられない。

外は猛暑

主人は暑さを肌で感じたくなった。

窓に手をかける。

ガラガラ。

窓を開くと。

勢いよく熱風が流れ込んできた。

その熱量は予想以上で。

驚いた主人は思わず窓を閉めた。

世界が違う。

不要不急の外出は控えてください。

気象予報士の言葉を思い出す。

間違いない。

外は地獄だ。

出るものではない。

そう思いながら景色を眺めると。

主人は見慣れないものを目にした。

それは植え込みの間にあった。

灰色で丸い何か。

目を凝らして見るが確かめられない。

主人は小さく唸り声を上げた。

「んん。」

一度気になると。

確かめなければ気持ちがおさまらない。

だが外は猛暑。

流れ込んできた熱風を考えると。

そこまでして確認する必要があるか。

そう思ったが。

やはり気になる。

主人は覚悟を決めると。

窓の取ってに手をかけた。

ゆっくり窓を開く。

熱風が勢いよく流れ込んできた。

この熱さは体験済みだが。 

長く浴びれば気分が悪くなりそうだ。

早いところ確認しよう。

そう思って縁側に足をかけると。

縁側は夏の日差しで焼けていた。

「あつっ。」

驚いた主人は縁側から飛び降りる。

芝生に着地すると。

芝の先端が足を刺激した。

頭は暑く。

足はチクチク。

主人は縁側の下に手を入れる。

サンダルを取り出すと足をつっかけ。

強い日差しの中を歩く。

からだは冷えているが時間の問題だった。

じりじりと。

体温が上昇していくのを感じる。

一歩、一歩。

謎の物体に近づく。

すると正体はすぐに判明した。

それは猫だった。

灰色の毛並みをした猫。

からだを丸め。

植木の陰で日差しを避けている。

とは言ってもこの暑さ。

日差しを避けたくらいで。

この暑さから逃れることなどできない。

猫は目を閉じている。

眠っているようだが。

息をするたびからだは大きく上下する。

その間隔は短く。

呼吸は苦しく思えた。

主人がもう一歩近づくと。

気配に気づいた猫は目を覚ました。

体力は消耗しているはずなのに。

猫は鋭い目つきで睨んできた。

憎悪むき出しの目。

それは闘う目だった。

どんなときでも闘う覚悟はできている。

野良猫の習性なのだろう。

だがその目を見ると。

主人は優しく微笑んだ。

「まだ力は残っているようだな。」

そう言って背を向け。

そのまま部屋へ戻って行った。

その背中が消えるまで。

猫の目が閉ざされることはなかった。

それからどの位経っただろうか。

眠っていた猫が目を覚ました。

頭上にあった日は傾き。

風が頬をかすめる。

風はぬるいが。

暑かった日差しを考えると。

ぬるい風でも猫には心地よかった。

暮れゆく空に目を向ける。

猫はやりきれない顔を見せた。

今日も生き延びたか。

そんな顔だった。

猫は腹を減らしていた。

もう何日も。

まともな食事にありついていない。

野良猫の生活に食の保証はない。

野良猫の一日とは。

食探しで始まり。

食探しで終わる。

望むことは腹が満たされることだが。

望みが叶うことはない。

エサ場を見つけても。

そこは地元の猫の縄張りで。

つけこむ余地はない。

腹が鳴った。

強い空腹に心は萎える。

からだを動かす気力も失せている。

目を開いているだけで疲れる。

自然と瞼が下がっていく。

そのときだった。

猫の鼻が何かのにおいを捉えた。

それは食欲をそそる香りだった。

においの方向に目を向けると。

そこに見慣れないものがあった。

 

この作品は「ゴールドライフオンライン原稿掲載企画 第2弾」の応募作品です。
 
気に入っていただけたら、この記事の下にあるリアクションボタンで応援してください。皆様のリアクションが、そのまま投票になります。
 
投票期間:2026年10月16日(金)〜11月15日(日)23:59
結果発表:2026年11月20日(金)
リアクションの合計が最も多かった作品は、12月に全文を掲載します。
※公開予定は変更となる可能性がございます。  

ほかの応募作品や企画の詳細は、以下よりご覧いただけます。
▶ 原稿掲載企画トップページへ