「こちらへは?」
「ちょっと休みがとれたもので」英介は言った。
「飯坂温泉かしら」女の声は、透き通っていた。英介は、女の様子から、英介が突然訪ねてきたことを迷惑がってはいないようなので、ほっとした。
「ええ」
英介は、答えた。
「おひとりで?」
英介がうなずくと、女の目がすっと細まった。
「いまの季節、紅葉がちょうど見頃です」
女はそう言うと、じっと英介を見つめた。細い目の奥に、黒い瞳があり、そこに水が溜まっているようだった。ああこの目だ、と英介は胸が熱くなった。
「注文、何になさいます?」
女の言葉に、英介はメニューを手にした。
「何がいいだろう」
新幹線に乗るときに、サンドイッチを口にしただけだった。
「鮎はどうかしら? 今年はまだ、落ち鮎が楽しめます」
「ではそれをください」
英介は、メニューを閉じた。
しばらくすると、女が手ずから料理を運んできた。ランチの膳は、付け合わせと、山菜、それから汁物とあわせて、鮎の塩焼きと山椒をまぶしたご飯がセットになっていた。料理の見た目だけでなく、渋い色合いの器にも、品があった。
英介は、女に向けて何か気の利いたことを言いたかったが、あれこれ考えてきた言葉も忘れて、女の前で無口だった。店は混んでいて、女ばかりでなく、店員たちはみなせわしなかった。
店を出るとき、泊まりはどちらの宿かと、女に聞かれた。英介が予約していたのは、温泉郷でも有名な老舗旅館だった。
「今晩、伺っても?」
女は、英介の目を見ずに言った。
「もちろんです」
英介は、女の表情を見つめながら、胸が高鳴ってくるのを感じた。
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雪で列車が動かない夜、見知らぬ女が「宿に泊まるお金がなくて…」と打ち明けた。僕は彼女をホテルへ誘い……
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