工藤は酒が好きで、横浜界隈で飲める洋酒や中国酒は一通り試したと言っていた。最も好きだったと思われるのが日本酒で、寄合のときによく飲んでいた。

火事の現場まで来た浅田は中に入り、注文所があった辺りまで進んだ。買い求めてきた日本酒の徳利の栓を抜き、周囲に撒いていく。酒の匂いが漂う中、立ち去るつもりで、空になった徳利をその場に置こうとする。そのとき、炭になった木材の隙間で、月明かりに照らされてなにかが光った。

手に取って燃えかすを払うと蔦の彫金が施されたマッチケースだった。焼けて燻んでいるが、工藤の持ち物に間違いない。日下の形見分けのときに譲り受けたのを覚えている。熱に弱いとされる銀製なので、炎にさらされた後でも原形を留めているのは奇跡に近いのかもしれない。

開けてみると、やはり、中のマッチは燃え尽きて灰になっていた。その灰は捨てずに蓋を閉めて懐に入れ、歩き出そうとしたときである。洋装で灰色のベストを着込んだ男が、通りに立って浅田を見ていた。

あろうことか、男は「仙石一家の者か?」と問いかけてくる。浅田は男に誰なのか聞き返すために、近づこうとした。秋競馬で目にした騎手、滝本市蔵であると気づいたのは、数歩進んだときだった。

浅田は考えを巡らさなければならない。滝本が自分を博徒と知って敢えて接触しようとする理由として、一つ思い当たることはあった。それは、いわゆる八百長である。しかし、競馬前日に急いでまとめるべき話とは思えない。

「おそらく、あんたが貸元なんだろうな。火事のこと、疑わしく思ってないのか?」

「どういう意味だ?」

「誰かが裏にいた可能性を探ったりはしていないのか。そう聞いてるんだよ」

浅田は小声でも話ができるところまで滝本に近づき「なにか掴んでいるのか?」と聞く。

「そうとまでは言えないが、競馬会の連中にはあんたらを排除する理由があった。馬券購入代行業とか謳ったところで、売っている側からすれば買っていなかったのは明白なんだからな」

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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