【前回の記事を読む】声優志望=声出し・噛まずに読むための勉強 は正しいのか──“読んでいる”ように聞こえる台詞にしないためには…

一 声優になるとは、どういうことなのか

一‐三 第一線の声優となるために必要なこととは ~杉村繭子~

杉村(すぎむら)繭子(まゆこ)は、事務所期待の新人声優だ。同期の沢村祐太朗をして“スター”と言わしめた存在である。

新潟の小さな田舎町に生まれた繭子は、幼い頃はおとなしい子どもで本ばかり読んでいた。小学校の成績は両親もびっくりするほどずば抜けていたが、何かしらの発表会があっても、クラスの代表になって出ていくようなことはなかった。

中学生になってもその傾向は続いたが、青年スピーチコンテストで県の代表となり優秀賞をもらった頃から繭子の価値観は変わっていった。内向的な性格とはいわれなくなり、人前で何かを表現することを常に考えるようになった。

本とテレビが好きだった繭子だが、特に魔法界ハリー作品が一番のお気に入りだった。本は何度も読み、映画も何度も観た。その映画の日本語吹き替えが彼女の声優人生のモチーフになったことは言うまでもない。

現実的な引金となったのは、高校生になってから新劇の劇団として有名な「劇団(げきだん)青(あお)」の旅公演を観たことだ。後に心が踊ったと語っているが、大きなものを感じたことは紛れもない事実で、この芝居は彼女のその後の人生にも大きくかかわることになる。

繭子は三人姉妹の末っ子だ。姉二人は地元の企業に就職して、早くに結婚。何をするにも三番目だった繭子は、両親から何かを押し付けられることはなかった。進路についても自由だったため、高校卒業後はとにかく上京することだけを決めていた。

一般に地方から東京に出て声優を目指すとなると、声優養成の専門学校に行くことが多い。多くの声優がそうであると様々なサイト上には書かれているからだ。だが繭子はそれを是としなかった。単に自分がいいと思う俳優や声優に声優学校出身の人がいなかっただけなのだが、この感覚が後の繭子の声優人生を決めることにもなった。

彼女は声優事務所の大手・赤坂事務所のホームページの募集からオーディションに呼ばれ、そこから残って預かり生となった。何千という応募の中から10人の預かり生が選抜されたのだが、特に学校にもワークショップにも通っていない若者が選ばれたのは異例のことだった。

全てのマネージャーがその芝居を評価していたが、それが誰の指導も受けていないものとは全く思っていなかった。

繭子は預かり生の中でも際立った表現力で、すぐに注目を集めることとなった。

春先に録った最初のボイスサンプルがすでに出色の出来で、事務所のマネージャーのみならず、一部の制作者の間でも噂になった。今年度の赤坂事務所の預かり生にいいのがいる、そう言ってくれる制作もいて、各所で名前が挙がるようになった。

夏には様々な現場に呼ばれるようになり、秋にはアニメの主役オーディションの最終候補に残るまでになっていた。一方で、大きなCMのナレーションなども決まり、まさに事務所期待の新人としてその名前は広まった。