はじめに

私は、中国江(こうそ)蘇省南部の無錫(むしやく)に住んでその激動的な気候につくづく驚いた。

無錫市は、おおよそ北緯三一〜三二度。丁度、九州の南端部分に位置しているので、常夏の一年が過ごせると期待して来たのであるが、予想が可成り外れてしまった。四〇℃を上回る夏と熱波、0℃を下回る冬と寒冷風。

冬から夏へ、夏から冬への急激に変化する春や秋(激しい梅雨、秋雨もある)。今日(こんにち)の温暖化気象異常を反映しているとしても、私は、穏やかな季節の変化を示す海洋性気候の日本を離れ、直接寒暖の気団に触れて激動する大陸に足を踏み入れてしまったと実感した。

昨年は、急寒波のため黄葉にならずして緑のまま散っていった銀杏(いちょう)の葉を見、今年は、三〇℃を超える春に穂種(ぼだね)の生(な)った雑草を見るなど、春桜、秋薄(すすき)の日本で沁み込んできた季節感に大きな変更を余儀なくされて今に至っている。

また、太湖の近辺ということもあって、一年を通して濃霧がよく発生するのも此処の天候の大きな特徴の一つであろう。絶えず霧に包まれた神秘的な街である。北海道の釧路湿原で育った私は、懐かしい我が家に逆戻りしたような気がする。

しかし、激しい気候という一面はあるが、無錫は、優美で緑豊かな自然、中国有数の成長を遂げる産業(日本企業数は一〇〇〇社以上を数える)、著名な文人・総合大学等を有する文化(教育)の三拍子揃った、調和の取れた理想的都市と言える。

私は、友人より常に「無錫は中国でとても美しい街ですよ」と聞かされてきた。

街並みや周囲を見ても清潔さと美しさに溢れていると思う。

たとえば、街の西郊外に名園「梅園」がある。冬の最も寒く身体も心も萎(なえ)えてしまうころに逞しく、美しく咲く梅の花は見る者に元気を与えてくれる。また、江南大学を一キロほど北進して蠡湖(れいこ)大橋を渡ると范蠡(ハンレイ)と西施(セイシ)ゆかりの名庭園蠡園(れいえん)があるのだが、其の美しい光景は人々を魅了してやまない。

園内には西施像が清廉高潔な絶美さを湛えて佇んでいる。夏には蛍観賞祭も開催され、極限の知れない美観地帯である。更に北へ進むと当地随一の名公園錫恵公園に出る。北京の頤和園(いわえん)のモデルと言われる寄暢園(きちようえん) が在る。深緑の自然に囲まれて、錫山(しやくざん)と恵山(けいざん)を、中国の友人達と一緒に、一日に登山した経験もある。

その麓には二胡の名曲「二泉映月」で有名な天下第二泉がある。無錫南部には前記した中国で三番目に大きな淡水湖太湖(琵琶湖の約三・六倍)があり、国家重点風景名勝区に指定されている。大小に浮かぶ島々と水平線とを望む遊覧絶景の美しさは感動と癒やしを与えて止まない。

「太湖の最も美しい時」と言われ友人に誘われて行った夕暮れの太湖の漣(さざなみ)は黄金色・紅黄金色に輝いて別天郷にいる思いをしたのを忘れ得ない。そして、この太湖の半島の鼋头渚(エントウチョ)公園、この景勝地の中に樱谷(インフアーグ)と言う地点があり「中日桜友誼林(ちゆうにちさくらゆうぎりん)」と名付けられている。