第一章 新兵

徴兵

杉井謙一は、静岡の茶業を営む商家に生まれた。父謙造は旧姓を八田といい、杉井物産という緑茶としいたけを扱う問屋の番頭をしていたが、その手腕を見込まれて三女たえを娶り、分家して製茶再製問屋杉井謙造商店を開いた。

間もなく生まれた謙一は、小さい頃から勉強好きで特に算数は学級で一番を他に譲ることはなかった。商売の鬼である謙造から常々立派な後継ぎとなるよう言われて育ったが、不思議と父親の職業への関心は湧かなかった。

小学校を出る時もできれば静岡中学に進みたいと思ったが、当然自分の後を継ぐものと確信している謙造のことを思うと言い出すこともできず、静岡商業学校へ進学した。

静岡商業時代も、卒業すればお茶屋になるだけとの認識でもっぱら剣道部で腕を磨くことを第一にしていたが、それでも学校の成績は学年で一けたを維持していた。五年生の夏になると、このまま家を継ぐだけではもったいないと感じたのか、担任の先生が大学への進学を勧めてくれた。

かなわぬこととは知りつつ、潜在的には常に強い進学の希望を持っていた謙一は、思い切って謙造にもちかけてみた。

「大学へ進んで勉強がしたいと思います」

謙造は、謙一にとっては恐ろしいほどに無表情で答えた。

「大学へ行って何の勉強がしたいんだ」
「商科の大学へ行って、今の勉強の継続をしたいと思います」
「お前は長男として家を継ぐことに決まっている。大学など行く必要はなかろう」

「大学へ行ったからといって他の仕事に就きたいなどと言いません。家は継ぎます。担任の大橋先生も勉強をしたい者は若いうちに大いに勉強するべきだと言っていたし、大学に行ったあとで家をやっても遅くはないと思います」

「…………」