【前回の記事を読む】パトロール中の警察官に「病院に行った方が良い」と言われた夫…心配になり、検査を受けさせたら、まさかの即入院。気づいた理由を尋ねてみると……
第1章 『幽霊』と呼ばれる男
3 追川夢子との出会い
ある昼下がり、無遠慮に一人の女子高生が四丁目交番の引き戸を開ける。
「おい、本官! 勉強教えろよ!」
キモお巡りとここの交番の前を通る中高生に言われている結城に、本官という綽名を付けて親しげに呼ぶこの女子高生は追川夢子といって、ちょっと前からよくここに顔を出す。
ここに来る前の夢子は万引きはするわ、煙草は吸うわ、夜遅くに繁華街をうろつくわで、しょっちゅう補導される不良少女だったのだが、ひょんなことで結城に捕まってから問題行動を起こさなくなった。
その日、非番だった結城は例の如く街をうろうろしていたのだが、ファンシーショップで夢子が万引きしようとしているのを偶然見かけた。
結城は夢子の背後に音もなく忍び寄ると、夢子が盗んだものをポケットに入れようとするのをさっとひったくり元の棚に戻す。いきなりのことに夢子は驚くが、すぐに背後に立っている結城に向かって、
「何すんだ!」
と気色ばみ、アイシャドウを塗りたくった目で睨んだが、すぐにその陰気な男が四丁目交番のキモお巡りだと気づき、マズいといった顔をする。
万引きの現場を見られたと思った夢子が逃げようとすると結城はそれを制し、夢子を店外に連れ出す。夢子は結城の手を振りほどこうとするが、まるで手錠のようにその手は離れない。
結城は町はずれにある神社に夢子を連れて行って神殿前の石段に座らせ、自分もその横に座った。そしてふて腐っている夢子にぼそぼそと話し掛ける。
「君はなぜ、こんなことばかり繰り返しているのでありますか?」
「てめえにゃ関係ねえだろ!」
唸るように言う夢子には取り付く島もない。
「ご両親もご心配なさっているのでは?」
結城の問いに夢子は速射砲のように両親のことを貶しまくる。
「あいつらはあたいの心配なんかしないね。心配なのは世間体だけ。親父はいつも帰ってくるのは遅いし、たまに早く帰ってきたと思ったら説教ばっかり。母親は自分も昼間ろくに家にいないくせして、人の顔を見れば口うるさくってうざいったらねえや!」
夢子はいつの間にか自分の気持ちを吐き出していたが、ふいっとなんでこのキモお巡りに話してんだ、と思って口をつぐむ。黙って夢子の話を聞いていた結城だったが、そう、と小さく溜息をついて呟く。
「君も……」
憂鬱そうな結城に夢子はへえ、と意外そうに結城の方を見る。
「てめえんちもそんな感じかよ」
興味深げに訊く夢子に結城ははあ、と頷き、
「本官の家は代々、男は官僚になり、女はお嬢様大学を出てすぐ良家に嫁ぐというしきたりで、自分も幼少の頃より東大を出て官僚になれと言われて育ったのであります」
そうぼそぼそ言うのである。思ってもいない話が飛び出てきて夢子は驚いてまじまじと結城を見ていたが、すぐに可笑しそうに笑う。
「下手な噓、つくなよ」
しかし結城はいたって真面目である。