プロローグ

令和六年八月二五日。

早朝ぱらついていた雨は降りやみ、兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場には、この日も午前中からまだまだ強い日差しが照りつけていた。もう八月も下旬になったが、秋の気配を感じさせる涼しい浜風が吹き込んでくる様子もなかった。

連日熱戦を繰り広げてきた第一〇六回全国高等学校野球選手権大会もいよいよ大詰め、決勝戦を迎えていた。

三塁側には富山県代表立山(たてやま)学園が陣取っていた。率いるのは、今年で硬式野球部監督就任三〇年目の中島重雄である。今大会は圧倒的な打撃力で勝ち上がってきていた。

対する一塁側には大阪府代表大阪松陰(しょういん)が陣取っていた。今回を含めて夏の大会だけでも一四度出場し、いずれも上位進出を果たすなど、輝かしい実績を持つ全国トップレベルの強豪校である。今春の第九六回選抜高等学校野球大会も制しており、史上空前三度目の春夏連覇を狙っていた。

両校は、現チームでは六月に富山県高等学校野球連盟による招待試合で対戦し、13対0で大阪松陰が圧勝していた。この決勝戦でもピッチャー陣が安定している大阪松陰がかなり有利だろうというのが大方の予想だった。

試合前のシートノックはすでに終わり、グラウンドでは入念な整備が行われており、試合開始は目前に迫っていた。

三塁側のベンチに座っている中島は、何気なく左手にはめている腕時計に手をやった。それは甲子園大会中宿舎にしているホテルに訪ねて来た、かつての教え子からの贈り物だった。

それほど高級なブランド物の時計というわけではなかったが、中島は気に入って身に着けていた。その教え子は言っていた。

「先生、銀のベルトの腕時計をはめているから駄目なんやちゃ。銀なら二位、準優勝に終わる。どうか先生、この金ベルトの時計をはめて、立山学園を甲子園で優勝させて下され」

立山学園はまだ全国制覇を果たしたことがなかった。が、一方の大阪松陰は春も含めて通算九度頂点に立っていた。決勝戦まで勝ち残れば今まで負けなしの勝負強さを誇っていた。

勝ちたい。相手は強敵だが、何としても勝ちたい。それが中島の本心だった。全国制覇をしてみたかった。

中島は、間もなく定年を迎える。今年が教員生活最後になるかもしれない夏の大会であった。

「あの大旗を抱いてみたいのう。立山の町に運んで来て、学校に飾ってみたいがやちゃ」

しきりに左手の腕時計を気にしながら、中島は試合前の緊張を和らげようとしていた。