第1章 目が覚めたら左側が動かない。どうなってんねん?
~急性期

2010年11月20日

8時過ぎに2階の寝室で目が覚める。体が思うように動かない。

右手は動くが、左手が動かない。左足は痺れたような感覚で立ち上がることができない。

ひょっとして左半身麻痺なのか? このままではどうにもならない。

救急車を呼んでも、玄関は閉まっている。鍵は1階のテーブルの上。

もがいているうちにベッドから転落。手近にあったポシェットに携帯電話と充電器、健康保険証をねじ込んで、首から下げる。

救急車のサイレンが近づいて到着し、「大丈夫ですか?」と救急隊員が扉をたたいて安否確認をするが、声が出ない。1階に降りて扉を開けられないのがもどかしい。

階段まで腹這いで移動、そのまま頭から階段を滑り落ちた。

気付くと階下の玄関に到達。手を伸ばして玄関のロックを外したとたんに、外に転がり出た。階段に放置していた洗濯物がクッションになって、軽い打撲で済んだ。

発症当日は、「左腕が痺れただけだ。数時間で回復する」という楽観論と「脳卒中か。脳出血と脳梗塞では初期対応が逆になるはず」という悲観論が錯綜して頭が混乱する中、1時間経過しても、痺れはなくならないうえに、言葉が発しにくい。

脳卒中を覚悟した。

最初の救急搬送先Y病院での処置は無理との判断で、他の患者を移送してきた別の救急車で、すぐにM病院へ移送された。

頭部は固定されているので外は見えない。どこを走っているのかまったくわからない。意識がしっかりしていたうえに、車が道を曲がるタイミングが予想できないので、車酔いしそうになった。

「右脳被殻出血」との診断で、左上下肢麻痺を自覚した時には、自力で体を起こすことすらできなかった。

医師から「どこまで回復するかはわからない」と告げられた時には、絶望しかなかった。

「まさか自分が?」気持ちの整理に時間がかかる。

12月からは面会が許されたので、見舞いの数が増えた。見舞いに来てもらえるのは単純に嬉しかった。

頭もぼやっとしていたし、喋り方もまともではなかった。自力で立つことができない。

それでも、春には回復すると思っていた。

脳出血のダメージは、自分の認識よりも危機的であった。左運動麻痺以外の機能は正常に残っていると信じていた。

しかし、混乱していたことは否めない。

 

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