1 白杖で歩くアキミさんと出会う

 

もう十分以前のことになりますが、私は、ここから40~50キロ遠くの海辺に近い町にある研究センターに勤務したことがあります。

そこで職場は違うのですが、目の見えないアキミさんという方と知り合いました。

センターの広い敷地を一人で、そこでは白杖(はくじょう)を少しも使うことなく活発に行動している姿を目にしていました。

研究センター内では時々ちょっとした工事があったり、いつもはないはずの物資や荷物が置かれていたり、わたしは少しヒヤヒヤしながら見ていたものです。

「気を付けてくださいね」なんて声をかけることもあったんですが、アキミさんは、「大丈夫ですよ」なんて言って、飛んで行ってしまいます。

それにしても──研究センター内でアキミさんが安全に動きまわれるのは、周囲の人たちの認識と協力があるからこそです。

帰り支度をして、研究センターが手配してくれる通勤バスに乗り合わせると、アキミさんは、さすがに白杖は忘れていません。

バスの席に着くとすぐに分厚い本を広げるのです。何の飾り気のない白い紙の束のような本です。点字がポツポツと沢山打たれている厚紙のページをすごい勢いで左から右へ指を滑らせて読むのですが、ページをめくるとその裏のページにもたくさんポツポツがならんでいて、なるほど両面で読めるんですね。

読書のお邪魔をしながら、そんな会話をしながらセンターの最寄り駅に到着するとアキミさんはさっと本をカバンにしまい、さっさとバスを降りてゆきます。

白杖を使って背筋はピンとして姿勢がよいのです。バスは大概定位置に停車するので、ここでもアキミさんは戸惑うことは余りありません。

私たちと一緒に改札を通過して、ここでそれぞれに別れます。

駅のホームのメンタルマップ(※1)はアキミさんが一番完璧で、同僚の私たちは目で追いながらも心配は要らないのです。

その後私は研究センターを退職して、今のオフィスで働きました。一気に都会へ戻りました。駅から坂道を5分ほど上がったところの小さなビルの小さなオフィスです。

アキミさんにも勿論案内しました。するとアキミさんはすぐに興味を示して、「そのうち伺いますよ」と言うのです。

こんなに遠い町へどのようにしてくるのか、想像もつきません。

でもアキミさんは困った顔もしません。ガイドヘルパーさんという仕組みがあるのです。


※1 メンタルマップ:視覚情報に頼らず、聴覚・触覚・歩行感覚や記憶を駆使して、頭の中に再構築された空間認識のこと。白杖の人が単独歩行の際に不可欠な安全確保に役立ちます。

 

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