三日目の社員旅行
初めて与えられた仕事は、「ツイクリがけ」と呼ばれるスクレーパーを使う細かい作業だった。
スクレーパーとは、薄い鋼の板の縁を砥いで刃を立てた刃物で、木肌を紙やすりよりももっと繊細に削る、職人の必需品だ。まだニスを塗っていないホワイト・バイオリンの表板(材料はスプルース・松)を見ると、春から夏にかけて勢いよく伸びた柔らかな部分(夏目)と、冬にじっくり育って締まった硬い部分(冬目)が縞模様のように交互に並んでいる。
そのわずかな硬さの違いを指先で見極めながら、ニスを塗った時に木目がきれいに出るように、木肌を整える。何時間も、ただひたすら削り続けた。
これは何のためにやるんだろう? そんな疑問もあったが、問いは飲み込んだ。今はただ、目の前の仕事を覚えるしかない。
東京楽器に通い始めて二、三日後だっただろうか、仕事の合間に一階に呼ばれた。何かと思えば、誰かが「おい、明日行くぞ」と言った。
何のことだかわからず「どこにですか?」と尋ねる間もなく、「社員旅行だよ、熱海温泉。みんなで行くんだ」と、当たり前のように言われた。
社員旅行? わたしはまだ、入社して一週間も経っていない。ただの仮採用のような身だ。何の説明もなければ、書類も出していない。にもかかわらず、わたしは当然のように社員旅行のメンバーに加えられていた。
普通の会社なら、「正式な入社日がいつで、○○日から給与が出ます」「来週はこういう予定があって……」と説明があるのが当たり前だろう。
だが、東京楽器は違った。そこにいた二十二人、社長も含めて全員が職人。まだ会社というより職人集団という風情だった。経営や人事といった概念は、どこか遠くにあるようだった。
熱海温泉に向かう電車の中、わたしはまだ自分の立場がよくわかっていなかった。
誰が上司で誰が同僚なのか、誰が社員で誰がただの弟子なのか。そうした線引きが曖昧なまま、酒が注がれ、笑いが交わされていた。
そしてその曖昧さこそが、東京楽器という場の魅力でもあり、混沌でもあった。
後になって思う。あの一週間で、わたしは面接を終えただけでなく、すでに職人の家族の一員として迎え入れられていたのだと。
正式な儀式も契約もない、まるで見えない暖簾をくぐるようにあっけなく、それでいて深く、自分の人生がひとつの流れに乗ってしまった、そんな瞬間だった。
職人集団の中に、会社という形式がようやく芽を出し始めた、そんな過渡期に自分は飛び込んだのだということを、じわじわと理解していくことになる。