「腹が減っているとな、人間はロクな考えが浮かばねぇからな。とにかくメシを食え」

バンクーバーでの最初の夜、行くあてもなく途方に暮れて、頭に浮かんだのは父さんの言葉だった。その教え通りに残り少ない所持金で入ったバーで頼んだオムレツを頬張っていると、自宅に泊めてくれるという人と知り合い、カナダ滞在の道が開けた。

私の父さんは「千三つ商売」をしていることが多かった。千の話のうち、実になるのは三つぐらいという類の仕事で、キラキラした目で夢のようなことばかり言っては、ほとんどが失敗していたように思う。

幼い頃、毎晩のように私を相手に晩酌しながら語る父さんの昔話はとても面白かった。そんなやり取りが、私の価値観の根底にある気がする。けれども家族はいつも振り回されてばかりで本当に大変だった。

窓の景色は都会のビルが建ち並ぶ風景に変わってゆく。〈さて、これからどうやって生きてゆけばいいのかしら〉。ぼんやりと考えながら電車に揺られていると、帰る家がないことで胸が詰まりそうになった。仕事もすぐに探さなくてはならない。私を待っていてくれる人など誰もいない。

〈でも、私はじゅうぶん大人だ。あの頃とは違う。独りでもなんとかできる。大丈夫、絶対に大丈夫〉。心細くて涙が込み上げてきそうになっても、おまじないのように、そう繰り返して必死に泣くのをこらえたものだった。

そう、あの頃──。子ども時代が辛い毎日だったなら、大人になって得られる自由な生活はとても楽に思える。けれど、忘れようとしても忘れられない幼い頃の記憶がある。

夜毎の激しい両親のケンカ。転校を繰り返した小学校時代。理不尽にののしられ、怒鳴られ、殴られる日々。台所で私に背を向けた父さんを、持っていた包丁で刺してしまいたいと何度も思った。

〈この人さえ死んでいなくなれば、こんな毎日がどんなに楽になるだろう〉いつも心の中でそう考えていた。でも、私にはできなかった。

そうしてあの日、私は父さんを捨てて家から逃げ出した。

 

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「まずい」と思った。酒に酔った父が、遠足の時買った“あるもの”を持ち出してきて…気が付くと〈あれ?いつ、こうなったんだっけ〉

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