共感力で行動が変わる

すべて分からなくても相手に共感する。これは何もすごく困っている人を見て湧き出る感情ではないと思います。

共感力は、日々仕事をしている中で、これは〇〇の立場の人は大変そうだとか、こうすると全員もっと簡単に作業ができるだろうとか、いろんなアイデアのもとになる力だと思います。

自分自身の身近なことに気がつくことは多いと思います。それは工夫という形で実現化されているのだと思います。共感力があれば、更に同僚や、上司、そしてお客様にとってこれがいいんじゃないか、試してみたい、と思うことが増えてくるでしょう。

このきっかけは共感することから始まるのだと思っています。

共感してみよう、と思って行動すると、次第に周りから変わったと評価され始めるでしょう。それは、行動するきっかけに共感力が追加されているからです。

誰が見てもいい行動として評価されるでしょう。これ、やっていることは変わらないのに、評価がすごく変わってきます。なぜでしょうか?

SHADOで働いている皆さんは、日々業務に追われながらも、もっと良くしたい、もっと自分も成長したい、もっと同僚も良くなってほしいと思っている、実際にそうなるように行動しています。動機は『良くしたい、みんなが良くなればいい』という大変尊い思いから現れた行動です。

動機がいいものはすべていい、と、ついつい思いがちですね。いやここまでの文章を読んで、何が悪いのか? もし悪いところがあるのなら教えてほしい、どこも悪くないと思うでしょう。

そうです、動機はとても良くて素晴らしい。

しかしその行動に移したことを、『上司が共感』してくれましたか? 組織で働く、社会人として働くというのは、こういう部分で共感を取り付ける必要があります。

動機がいいからどんどん行動する、というのは見る人によっては、越権行為、暴走、独断専行……いい言葉では表現されません。

これは良くない行動と指導されたとき、でもいいことなのに……と反発することもあるでしょうが、その組織の共感を得られていない行動は、自分に閉じた行動、『自己満足の自分勝手』としか、評価されないということなのです。