海外の高等機関において剽窃等の不正行為は、全科目単位不認定や退学等、厳しい判断が下されるのが普通であるかも知れない。
しかし日本の学校においては、ネットに書かれてあることをコピーし、それをそのまま張り付け提出したものであっても、作文やレポートとして受け入れられてきたのが実情である。そうした行為を小学校・中学校・高等学校と繰り返し経験してきた学生達が、今さら大学でそれを不正行為だと言われても、その是非を肌感覚で捉えるのは実は難しいことだった。
そしてこの問題の根底には、語られることはないが、コピー&ペーストの作文及びレポートを、教員の多くが見抜けるだけの力を有していないことがあった。少し頭の回る学生であるならば、AIに回答を学生調で書いてくれと要求することができる。学生を装ったAIによるレポート記述を、一定数の大学教員は見抜くだけの論理性を有していなかった。
この問題に対する解決策は実はひとつしかない。それはAIが回答できない問を教員が学生に提示することである。しかし、残念ながら肝心の教員自身が、AIに答えられない問を自身の中に有していないことが多かった。
なぜならば、小・中・高校及び大学の教員達も、与えられた答を覚えさせ、それをテストに書かせることが「教育」の形態だと信じているからだった。実際に教員達の多くは、これまで自身もコピー&ペーストによる作文・レポート・卒業論文等で評価・成績を得てきた。また、教科書の指導書に書かれている問と答をきれいに板書することを理想の授業としてきたのである。
このことから、前提とされる解のないものを教える授業とは、一体どのような授業であるかを、多くの教員は発想することができなかった。「問」自体を見出すことこそが「学び」の本質であることを、多くの教員は体験してこなかったのである。
かつて綾瀬が高校で教えていたころ、自分で入試問題を解くことはできないが、解答があれば誰よりも上手く解説できると自慢する数学科の中堅教員がいた。また、テストに出ると言って黒板に板書したことをそのままテストに出さないと、生徒との信頼関係が崩れると不満を述べる英語科の新任教員がいた。
綾瀬は溜息をつきながらこころの中で呟(つぶや)く。大丈夫ですか、あなた方は……?
斯(か)くして日本という国は、低学力という名の無限ループの中に果てしなく、深く埋没していく。今では母国語である日本語によっても、読むこと、考えること、書くことに自信が持てないと答える大学生達が大量に存在している。
実際、綾瀬が担当する学生達も、日本語での読み書きに対する苦手意識を口にすることが多かったのである。彼・彼女達が書くレポートにおいては、句読点がない文章が5行以上に亘ることも珍しくなかった。むしろ、句読点がある文章は気味が悪いとさえ言うのだった。
そして綾瀬が理解できなかったのは、日本語での思考を苦手とするかなりの数の学生達が、英語であったら自由に読み書き発話ができるようになると考えていることであった。日本語はできないが、授業時、教室に座っていれば自動的に英語が話せるようになると、何を根拠にしているのか判らないが、そう思っている学生が一定数いたのである。
そして今回、有谷が書いたレポートも、日本の大学の教育状況を映す典型事例のひとつとなっていた。
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