【前回の記事を読む】「私を探して」…青いワンピースの少女が彼の頬に唇を押し当てた。だがその時、彼の身体には“異変”が起こっていて……
貴女の物語 その続き
明日の予定を確認した後、部屋の明かりを消して事務所を出た。
「もうそろそろ別の道を考えた方がいいのかな?」
自問自答をしていたが、何も次の一手は思いつかなかった。
会社の駐車場に停めていたパールホワイトの大型ミニバンに乗り込むと素早くエンジンをかけた。オートライトの光りが真っ暗だった駐車場の前の空き地を照らした。時計を見ると午後10時20分を指していた。
悠真は当てがある訳でもない明日に期待して帰路についた。
4月上旬、渋谷で丸映音楽社の新役員を接待することになり車を会社に置いてきたため、今日は久しぶりの電車通勤となった。ラッシュの時間を過ぎると乗客の数も7割ほどになり、すぐに席を確保できた。
東京の空は明るく、上からの眺めのせいか車からの風景とは違って少し小ぎれいに見えた。
午前10時40分予定通りに電車は会社最寄りの新橋駅のホームに到着しようとしていた。
ちょうど反対方向の渋谷行きの電車も時間差でやって来るところだった。悠真はその時、ホームを歩いている一人の少女に釘づけになった。セーラー服姿の少女の目が一瞬、悠真と目が合ったような気がした。心臓を射貫くほどの煌びやかな風が悠真を通り過ぎていったような気がした。
「まさか!?」
しかし再確認するまでにかなりの距離を電車は進んでしまった。悠真はドアが開くと同時に全速力で走ったが、それらしい少女はいなかった。そして間もなく渋谷行きの電車も出発した。
「きっと願望が幻を見せたに違いない」
自分にそう言い聞かせて駅の階段を上った。しかし、さらにまさかの出来事が会社で悠真を待っていた。
「青山さん、もう少し早く来てほしかったわ」紗理奈が残念そうな顔で言った。
「さっき、うちのアイドル募集のチラシを持って女の子が来ていたのよ。社長も、他のスタッフもいないんで、出直してもらうことにしたの」
募集チラシとはあちこちのミニ劇場やチケット売り場に置かせてもらったものだった。アルバイト従業員には無理かもしれないが、名前も連絡先も訊いていなかった。
「ところで、その子はどんな服装だった?」
「紺のセーラー服だったわ。明日は学校があるから来られないって」
悠真は途中から紗理奈の言葉が頭に入ってこなかった。それでもこんな広い東京で、そこまで残酷なすれ違いが起こるはずがないと信じ込もうとしていた。
悠真は事務所から外に出てしばらく通りを眺めた。駅で見たとすればあり得ないことだがもしかして引き返して来るかも、などという微かな期待を込めるのが精一杯だった。