【前回の記事を読む】「誰にも話せなかったの…」既婚者との不倫関係を告白した友人…私は彼女の背中をさすりながら、内心は……

10.友達がいました

数か月後、亀島紗良は消えた。

週刊誌の一面を飾ったのは火曜日の朝で、私がそれをコンビニの雑誌棚で確認したのは登校前の9時半だった。表紙の文字を目で追いながら、缶コーヒーを1口飲んだ。苦かった。缶コーヒーはいつも苦い。苦みを増長させるものは何もない。

写真は2枚。レストランの個室から出てくる亀島と、既婚俳優が並んでいるやつ。アングルが少し甘かった。

もう少し顔が正面から撮れていれば完璧だったが、まあ十分だろう。証拠として機能するには十分すぎるほどだ。そもそも証拠というのは完璧である必要はない。

疑いの火種に薪をくべるだけでいい。あとは油なり着火剤なりを火に突っ込んで燃やしてくれる人間が必ず出てくる。インターネットというのはその燃やし屋が無限に供給されるインフラだ。恥ずかしくないのか。

週刊誌の記者に連絡を入れたのは3週間前。亀島の部屋から帰ってきた翌日だった。

目を覚ましてベッドから立ち上がると、ほのかに残るアルコールの呼気と亀島との思い出を吐き切って適当に靴を履いて外へ出かける。ビジネスの世界は先手必勝なのだ。裏取りが取れるまでにそれなりの時間がかかる。悠長に報告を渋っていれば、どんどん腰は重くなるばかり。

最寄りの公衆電話に駆け込んで、メモしてあった週刊誌の記者にコールした。このつながりはホステスで作ることができた。

記者への連絡は公衆電話から1度きりだ。というか公衆電話なんて初めて使った。こちとらデジタルネイティブなのだ。

証拠を残す趣味はない。必要な情報を渡して、あとは向こうが動く。私が動いた証跡はどこにもない。ビジネスライクな取引だ。需要と供給が一致した。市場原理だ。誰も責められない。強いて言うなら市場を責めろ。

何とか記者にコールをかけることができると、そこからはすんなりと進んだ。3分で終わった。亀島とその既婚俳優の名前を言って、その証拠を話すだけで済んだ。あっけなく電話が終わると、そのまま真っ直ぐ家に戻ってベッドに倒れ込んだ。

今日も昼過ぎから講義がある。でもあまり行く必要性は感じなかった。もう亀島と仲を深める必要はないのだから。まだ授業を2回切っても大丈夫だった。その日はなんとなく休んだ。

亀島のSNSは、その週のうちに更新が止まった。

最後の投稿は、古い映画のスチル写真だった。キャプションに「好きな映画の好きな一場面」とだけあった。いいねが3万ついていた。その下に無数のコメントが連なっていた。

「応援してます」

「気にしないでください」

「どうかお体に気を付けて」

善意の洪水。

引用の反応を見れば、亀島を揶揄するコメント。

悪意の濁流。

見ているだけで眩暈がした。SNSは受け取る側の体力など一切考慮せずに押し寄せてくる。