【前回の記事を読む】「撮影中さ、台詞が2回飛んだの。」と落ち込む23歳女優…声のトーンが落ちた瞬間、(これはいける…)と確信して——

9.友だちを殺してまで

そんな日々が積み重なった頃、亀島が撮ったツーショットをSNSに上げた。

場所はあの本屋の前だった。彼女が買ったばかりの本を2人で持って、店の看板を背景に撮った写真。亀島のアングルは上手い。顔の角度とか光の入り方とか、長年自撮りを重ねてきた人間の本能的なセンスがある。私も身分をぼかしながら、可愛く撮るのは上手いよ。

私は横に並んでいるだけだったが、結果的によく撮れていた。

キャプションに私の名前のタグが入っていた。

それだけで翌朝、私のフォロワーが1800人増えた。

1800という数字を見て、少し笑ってしまった。笑ってしまったのは、想定の倍だったからだ。

亀島のフォロワー数は把握していたし、そこから流入する数もざっくり計算していた。でも実際は計算の倍だった。売れかけの人間のブランド力というのは、数字で理解するより実感として受け取った方がずっと大きいのかもしれない。

翌週にはさらに別の写真を上げてくれた。

今度は本屋ではなく、小さな喫茶店のテーブルで、お互いの本を交換して読んでいる場面だった。演出ではなく、本当にそういうことをしていたから、それを撮っただけだ。それがかえってリアルで、反応の数が跳ね上がった。

人間はリアルに飢えている。でもリアルの顔をしたコンテンツに飢えているのだ。本物のリアルは見たくない。本物のリアルは汚くて臭くて救いがない。上手く加工されたリアル感が欲しいのだ。清純派などいないのと同じだ。みんなやることやってんだから。

亀島のSNSはデフォルメの精度が高かった。生活の解像度が高いふりをしながら、実は巧みに選別されている。それでも他の芸能人のSNSよりずっと体温があった。さすがデジタルネイティブといったところ。

それが信頼になって、フォロワーになって、数字になる。

私はその数字の恩恵を横から受け取った。美味しい話だ。労力に対するリターンがおかしい。

資本主義の旨味とはこういうことか。アダム・スミス、ありがとう。カール・マルクス、くそくらえ。

フォロワーが増えると、仕事の話も来るようになった。

だがそれ以上に効いたのは、亀島が直接、口を利いてくれたことだった。