序章 心に風が通る時
静かな朝の空気には、
ときどき“合図”のような瞬間がある。
胸の奥で、ふっと風が動くような、あの感覚だ。
誰にも聞こえない。けれど確かに、そこに何かが触れていく。
あれは若い頃から、
私の人生を導いてきた“目に見えない道標”だった。
人は、うまくいかない時には理由を探す。
誰かのせいにしたり、
時代のせいにしたり、自分を責めたりする。
私も長い人生で、何度その繰り返しを味わってきただろう。
けれど、ある時期から気づいた。
あらゆる事象は、心の反映なのだと。
苦しい時には、心が曇り、身体が固まっていた。嬉しい時には、心が広がり、身体が緩んでいた。
迷った時には、風は止まり、
決心した時には、必ず風が通った。
心が整えば、景色が変わる。
心がほどければ、世界がやわらぐ。
風はいつだって、内側から吹いていたのだ。
この本は、そんな私の〝風の道〟をたどる物語である。
生まれた家の匂い、母の手の温度、痛みに震えた少年時代、胸の奥に刺さった言葉、救われた瞬間。
あるいは、家づくりと出会い、人づくりと向き合い、風と共に歩んだ七十年以上の旅。
それらを一つひとつ拾い上げ、
強張っていた心が、
やがて細胞の一つひとつからほどけ、自由な風が通っていくまでの過程を描いたものだ。
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