【前回の記事を読む】大事に守ってきた茶庭が、この学校の誰かに荒らされた――刃物で切り落とされた枝葉。椿の花はすべてもがれ、上から強く踏み潰されていて……
一席目 リターンは二千九百九十七服!
茶を点てて出すだけならそんなに時間はかからない。だが、茶会は茶室へ入るまで、また、茶を飲み終わってからの時間も大事にする。
客は掛け軸を含む茶室の道具や花などのしつらえを鑑賞し、景色を楽しみ、季節を映し出した庭を愛(め)で、その空間での時間を満喫する。
紅葉楼は紅葉山を背景に立っており、特に茶庭は、その山を借景、つまり、山という景色を背後に取り入れて成り立っている。池を含んだ奥行きのある庭の四季折々の姿を茶室や露地から楽しめる作りだ。
実際、学園祭の時にも茶室を出て庭で時間を費やす人も多かった。チケットが完売していたため、茶庭だけでも見たいという客のために部員が案内した。
部活の時間には体験できないが、池に映った月を鑑賞できる時間帯もある。それがここに紅葉楼が建てられた理由の一つ。茶室だけではなく、この池と庭も同様に大事にされてきた。
そもそも、茶会というのは露地から始まっている。茶室へと続く茶庭を含む露地は、非日常、いや、逆に日常を超えた特別な場所への通路。
もてなされる側がその庭のしつらえを愛でながら、茶会への期待に胸を膨らませて進む。清流をたたえた蹲(つくばい)で心身を清め、身繕(みづくろ)いをして、待合に入る。さすがに普段の稽古も学園祭もその工程は省いているが、正式な茶会は常にそこから始まる。
お茶を一服差し上げて、さあ、お帰りくださいというものではない。一席に小一時間かかるのが当たり前なのだ。
「だから二人に相談したくて集まってもらったんだ」柊の言葉に、二人の紙を握る手に力が入った。
「修繕費をふるさと納税分でカバーしてもらうことが前提だから、新年度からは実質、この茶室は紅葉山市の管轄になる。つまり、春休みまでに終わらせる必要がある」
「春休み……」
「春休みは……」
「都合の悪い日は皆で休めるようになんとか考えてみたい」柊は言った。だが、二人とも顔を上げない。
「探求論文(たんきゅうろんぶん)に時間をさけるようにもしたい」両隣の二人は歯切れが悪そうに頷いている。
二人とも家業経営クラスだ。
錦生は紅葉山商店街の中でも古くからある呉服屋の末っ子長男。斗真の父は華道家、母は有名なフラワーコーディネーターで、フローリスト水瀬の経営者だ。
家業経営クラスは文字通り、家業の発展のために経営学に重点を置いて学ぶ科だ。そして、三年の一学期までに自分の選んだテーマで論文を書く。