2回目以降は慣れた。慣れた、というより、感じる柔らかい部分が少しずつ擦り減っていった。歯医者で抜歯の際、麻酔を打たれるみたいに、じわじわと、範囲が広がっていった。最初は局所的だったものが、気づいたら広いところまで痺れていた。痺れているから、どこからどこまでが麻酔の範囲なのかもわからなくなった。

悪くないと感じた相手には、こちらから条件を提示した。需要と供給が一致すれば取引は成立する。市場原理だ。

倫理や「初めては好きな人と」みたいなピュアさは今のところ飯を食わせてくれないし、今後も食わせてくれないだろう。手段だけ選べという要求は却下する。

ただ、この世界には種類があることも同時にわかった。

単純に場所と金を提供してくれる人間。体の関係を求めてくる人間。「救いたい」という欲望で近づいてくる人間。最後の種類が1番厄介だった。

救いたいと思っている人間は、相手を救うことで自分の価値を確認しようとしている。だから救われたふりをするとしばらくは機嫌がいいが、回復の気配を見せると焦るし、マイナスに停滞させようとする。

ちゃんと壊れていてほしい。壊れていることで自分の存在意義が生まれるから。そんな気持ちの悪いマッチポンプはいらないのだ。

ある時1人の男に「君は傷ついているから、そういうことをしてしまうんだよ」と言われた。カウンセラーの真似事みたいな口調だった。そうかもしれない、と思った。

でも同時に、その言葉が彼自身にとってどれほど気持ちいいか、ということも考えた。傷ついた少女を発見して、名前をつけてあげる。どうでもいい邦画かライトノベルのような内容。その行為に彼は酔っていた。私の傷は、彼の自己肯定感の材料だった。

気色悪かった。でも1番気色悪かったのは、その言葉を聞いた時、少しだけ、ほんの少しだけ、救われるような気持ちになった自分だった。救われるような気持ちになって、それを即座に否定して、否定したことで余計みじめになった。

その3段階が、数秒の間に起きた。自己満足の材料に見られているとわかっていても、一瞬だけその材料であることを受け入れようとした。その一瞬が、自分の中で1番みっともなかった。

壊れているふりをするのも、壊れすぎているふりをするのも、どちらもコストがかかる。だからこの種類には早めに距離を置いた。

次回更新は7月31日(金)、16時の予定です。

 

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