【前回の記事を読む】母が職員室に乗り込んだのは、2回目だ。中学の時も、私は不満なんて無かったのに…噂はすぐに広まった。担任は苦笑い、同級生の友人は……
6.異次元の暮らし
でも今回は、中学と決定的に違うことがあった。
その夜、私は家に数日ぶりに帰った。
帰りたかったわけじゃない。むしろ全く帰りたくなかった。でもここでやらなければならなかった。あの邪知暴虐の煮凝りみたいな人間に無抵抗のまま、一方的に殴られ続けるのは気持ちも良くない。反吐が出る。
遅かれ早かれ、いつかあの人から離れなければならない。老いたあの人を介護する光景は私には見えない。私という人間は私らしく生きるためにも1度帰って、片を付けなければならないのは事実だった。
何度ため息をついたかわからないほど長く苦しい帰路だった。
だが、『本山』の簡素な表札が掲げられた家賃5万ポッキリのアパートの一室へとたどり着いてしまった。
気がどんよりと重い。一息吐いてドアノブをひねる。
意を決して玄関を開けた瞬間、空気の密度が変わった。
本山優子が、リビングのソファに座っていた。正確には、座って待っていた。あの人が「待っている」姿勢で人を待つ時、その部屋は裁判所になる。私は被告席に立たされる。弁護士などいない。
「最近のあなたはおかしい」
第1声だった。
これ以降の会話を全部書くと、優に1万字を超える。だから要約する。
メイクについて怒鳴られた。化学物質の危険性について説教された。男と遊んでいるんだろうと断言された。そんな生き方をしたら人生が終わると宣告された。この子の将来について学校が責任を取らないのはおかしいと既に担任に訴えたことを報告された。
烈火のごとくキレ散らかす人間の恐ろしさと滑稽さを知っているだろうか。私は知っている。
私はその全部を聞きながら、何かが変わるのを感じていた。
S中学までの私だったら、黙っていた。あるいは謝っていた。それが荒れた場を片付ける最速の方法だったから。
でも今の私は違う。T高校の1年3組で、誰かを標的にして、クラスの空気を支配してきた私は、発言の技術を磨いていた。言葉の使い方を知っていた。どの言葉がどこに刺さるかを、感覚で把握していた。
「小学校で浮いた理由、わかってる?」
私は静かに言った。怒鳴り返さなかった。怒鳴り合いは消耗する。
「弁当が違ったから。予防接種を受けてなかったから。みんながジュースを飲んでいる時に乾燥果物を食べてたから。誰かと違うことを、子供は本能的に弾く。それを全部、あなたが作ってたんだよ」
本山優子の顔が変わった。
でも止まらなかった。止める理由がなかった。これは私が言うべきことで、言うべき相手に言っていて、言うべきタイミングだった。ここが攻め時だった。全ての条件が揃っていた。
「O中学で虐められた理由も同じ。あなたの正しさを証明するための実績として私を使ったから。証拠品として扱ったから。それで虐められて、助けを求めたら、あなたは自分の失敗を認めたくなくて、見なかった。見えなかったんじゃなくて、見なかった。全部あなたがやったこと」
物が飛んできた。
具体的には、テーブルの上にあったリモコンが私の肩を掠めた。
本山優子が投げた。
私は避けた。
思わず怒鳴り返した。そこからは泥仕合だ。でも泥仕合の中で一瞬、本山優子の声のトーンが変わった瞬間があった。