【前回の記事を読む】高校時代、私のせいで彼女は靴が履けなくなった…あれから十数年、鏡越しに再会した彼女から「謝罪は結構です」。

5.エピソード

何の脈絡もなく、唐突に彼女が口を開ける。

「あなた、まだ戦ってるんですね」

私は鏡の中の彼女の顔を見た。真剣な顔だった。揶揄でも皮肉でもなかった。ただ、観察した結果を報告している顔だった。

「戦っている」と私は繰り返した。

意味が分からなかった。

何と戦っているというのか。私は今、椅子に座っている。仕事をしている。それのどこが戦いなのか。

「今も」と続けた。

「この部屋の中でも」

私はメイク室を見渡した。岩塚玲子と私だけがいる白い部屋。鏡と光と道具。他には何もない。戦う相手など、どこにもいない。

「どういう意味ですか?」

今度は本当に聞いた。計算なしに。

彼女はブラシを置いた。初めてブラシを置いた。鏡の中でこちらを見た。

「私が部屋に入ってきた時、本山さんは3秒で私を全部見ましたよ」

彼女は先ほどまでの物腰柔らかな姿勢とはかけ離れた冷たい声色で言い放つ。冷たい声色ながらも、私を責め立てる要素を声色に含んでいなかったのがどうしようもなく不気味だった。

「身長、服装、メイクの濃さ、表情、緊張の有無。全部見た。そういう目でした」

私は何も言わなかった。

「スタッフさんが出ていった時も、どこか計算しているような表情だった。何が起きるか、どう対処するかを同時に考えながら、顔は完璧に作っていた」

「ずっとそうやって生きてきたんだろうな、と思いました」

岩塚玲子の声に非難はなかった。

分析があるだけだった。

私の背骨の内側で、何かが動いた。今度は小さくなかった。大きく動いた。でも顔には出さなかった。出さない技術が発動した。反射だ。制御できない。

「でもあなたはずっと戦っている」と岩塚玲子は言った。

「もう敵はいないのに」

私は鏡の中の自分の顔を見た。

完璧な顔だった。岩塚玲子が作り上げた、今日の撮影のための顔。光の当たり方で目が大きく見える。頬骨の位置が整って見える。唇の形が均整されている。

完璧な顔の奥に、私がいる。

周囲をスキャンして、空気を管理して、計算して、設計して、戦い続けている、私が。

誰と戦っているのか。

T高校のクラスメイトとは、とっくに卒業した。本山優子とは、物理的に距離を置いた。O中学の加害者たちは、今頃どこかで平凡な生活を送っているか、あるいは私のことなど記憶の端にも残っていないか、どちらかだ。敵と呼べる存在は、今の私の周囲にいない。

いないのに。