【前回の記事を読む】メイク室で2人きりになると、彼女は鏡越しに言った。「私のこと、覚えていますか?」…その名前を聞いた瞬間——

5.エピソード

「学校が怖かったですか」と私は聞いた。

また、なぜ聞いたのかわからなかった。

岩塚玲子は少し間を置いた。

「怖い、という言葉が合っているかどうか」と岩塚玲子は言った。

「怖いというより、居場所がなかった、という感じです」

居場所がなかった。

この言葉を聞いた瞬間、私の胸の中で何かが鋭く光った。居場所。私がT高校で、コンクリートで建て直そうとしていたもの。S中学で砂の城が崩れかけた時、最も恐れていたもの。

私が奪ったものかもしれない、という考えが来た。

来たが、確認する手段がない。因果を証明する方法がない。岩塚玲子の不登校の原因が私の作った空気にあると断言できる証拠は、どこにもない。

でも1年の秋口という時期が、一致している。

「教室に入るたびに」

ブラシが頬骨の上を滑った。

「自分がそこにいていいかどうかを、誰かに採点されているような感じがして」

私はある意味で人間関係を採点していた。誰がどのポジションにいるかを管理していた。誰が群れの内側で誰が外側かを、常に更新していた。

採点していた側の人間が、採点されていた側の人間の顔を、10年後に鏡越しに見ている。

「それが毎日続いて」と彼女は続けた。

「ある朝、靴が履けなくなりました」

私がO中学の朝に経験したこととまったく同じ言葉が、彼女の口から出てきた。

私はその言葉を鏡の中で受け取った。受け取りながら、完璧な顔を維持した。崩さなかった。崩すことができなかった。崩し方を知らなかった。

「大変でしたね」と私は言った。

この言葉は何だったか。

計算だったか、感情だったか。今度も判断がつかなかった。ただ、口から出た。出てしまった。

「今となっては」と岩塚玲子は言った。「あの時のことがなかったら、今の仕事もしていないと思うので」

遠回りが正解だった、という言い方ではなかった。ただ、繋がっている、という言い方だった。過去を肯定も否定もせず、ただ自分の経歴の一部として接続している。

私にはできない接続の仕方だ、と思った。

私の過去は常に燃料だ。怒りとして、欲望として、証明したい何かとして、現在を動かし続けている。

でも岩塚玲子のそれは違う種類の接続だ。燃料ではなく、ただの文脈だ。起きたことが起きたこととして、そこに置かれている。

なぜその接続ができるのか、私には分からなかった。