3.RAY
翌日、最後の仕事は夕方からだった。
情報番組の収録では共演者のベテラン俳優に「若いのに貫禄があるね」と言われ、まつ毛の生え際まで作り込んだ笑顔で「ありがとうございます」と返した。
ブランドの試着会では担当者が「まるでこのドレスのために生まれてきたみたい」と言い、私はまた笑顔で「光栄です」と返した。
そういう言葉を受け取り、笑顔に変換して、適切な速度と音量で返礼する。リズムゲームのよう。私という機械の稼働効率は、今日も申し分ない。
車に乗り込むたびに文庫本を開こうとして、昨夜と同じ結末を繰り返した。文字は文字のまま、ただそこに並んでいるだけだった。
本日3本目にして最後の仕事は、雑誌の写真撮影だ。
撮影の趣旨をマネージャーから改めて聞いたのは移動中のことだった。岩塚玲子、という名前が出た。
新進気鋭のメイクアップアーティストについての取材記事。そのモデルとして私が選ばれたということらしい。
岩塚玲子。
頭の中を検索しても、何も引っかからなかった。顔も仕事も、関連する断片の一つも出てこない。Not Found 404。
芸能人として美に敏感であるべきだとか、業界の動向に常にアンテナを張っておくべきだとか、そういう"べき"の話はよく聞く。
聞くたびに、なるほどと思う。なるほどと思うだけで、実行したためしがない。美のみならず世界全体に対する主体的な関心というものが、私にはどうにも備わっていないらしい。生まれつき欠落しているのか、どこかで磨り減らしたのか、それすら定かでない。
マネージャーが補足した。業界では知らない人間はいない存在で、世界的な評価も受けているのだと。28歳、私と同い年だとも。
28歳で世界的な評価。
その情報を受け取っても、胸の中に波が立つことはなかった。ふーん、という気の抜けた声が信号で止まった静かな車内にこだまするのみであった。
劣等感にまみれたあの頃であれば、羨望の意識に自分自身が飲まれるほど嫉妬に気が狂いそうになっていたかもしれない。だが、人間というのは現金というか単純なものだ。
今は流せるほどまでになった。余裕が出てきたと好意的に解釈するか、貪欲さが無くなったと否定的に評価するかは君次第。
次回更新は7月18日(土)、16時の予定です。
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