A ああ、天狗みたいに高過ぎた鼻になった女優さんなあ。それそれ、あの人、思い出されへんなあ。
B 思い出されへんかったから、嫁に聞いたがな。
A 教えてくれたか。
B その時は覚えとったけど、又忘れてしもたがな。
A あかんやん。覚えとかんと。
B 何日かたって嫁が言うてきよるねん。「天狗みたいに高過ぎた鼻になった女優さんの名前言うてみ」って、聞いてくるねん。
A 意地悪な嫁やな。
B 私を試しよるねん。嫌なヤツやろ。悲しいけど、やっぱり思い出されへんねん。
A 嫌な嫁やけど、記憶をつなぐのは、ボケ防止に役立つねんで。
B 隣のおばあさんが肺炎になったんや。
A そら大変やったな。
B もうそろそろ、安らかにさせたりたい。神様のお許しが出たって身内の人もほっとしたんや。
A 周りも大変やったやろ。
B 次々とお別れにやって来るねん。優しい気持ちになって、手を握って「おばあちゃん、ご苦労さんやったね。ゆっくり休んでね」って言うねん。
A おばあちゃんアカンかったん。
B 違うねん。いつまでたっても安らかにならへんねん。
A なんでや。
B お医者さんが点滴をして、命を引き延ばしてくれるねん。神様が上から引っ張って、お医者さんが下から引っ張って、綱引きしてるねん。そやから、おばあちゃん、なかなか死なれへんねん。
A 助かったんやろ。良かったやん。
B ええ事ないねん。おばあちゃんは「ありがとう。さようなら」言うて早よおじいちゃんの所へ行きたいのに、行かしてくれへんのや。
A おじいちゃん待ってるのにな。
B 待ってへんかもな。
A もうええわ。