若き日

栄蔵は全てがいやになった。名主見習いがいやになった。逃げ出したかった。

栄蔵は父左門の長男として生まれ、名主(なぬし)を嗣(つ)ぐことは当たり前のことだと思っていた。

が、いやになった。栄蔵は牢番に頼んで中に入れてもらった。

「弁三、私だ栄蔵だ。覚えているか。私は明日お前(め)ぇの打ち首の立会人をしなければならねぇ」

「栄蔵か、久し振りだな」

「なしてこんなことになったんだ」

「話してもしょうがねぇよ」

弁三は不貞腐れて諦めた顔をした。

「何したんだ。話してくれねぇか」

栄蔵は食い下がった。事情を聞きたくて声を掛け続けた。

「お前ぇの女房と二人の娘はどうした?」

「下の娘は死んだ。お医者にも診せてくれれねかった(やれなかった)。金がねぇんだ。こんげな凶作が続いちゃ米はできねぇ、年貢は納められねぇ。上の奴は岡場所へ行ったよ」

「女房はどうした」

弁三は、沈んだ表情で俯いた。

「おさんは首を吊(くく)ったよ」

翌朝、刑場で見た弁三の首がひと太刀で落ちる光景が栄蔵の目に焼き付いた。

栄蔵は頽(くずお)れた。涙が止まらなかった。

越後はこの頃、凶作が続き餓死者が多く出た。全国各地で米騒動が起きた。

良寛の死後天保八年(一八三七年)には大塩平八郎が反乱を起こした。この乱は全国に影響を及ぼし、(大塩一党)と自称する百姓一揆が各地で起きた。この三十年後幕藩体制は終焉を迎えることになる。