「まあヒイラギさん、どうされたんです?」

「何か事件があったわけでは」

「ふふっ、それならよかった。若手の間じゃ〝ヒイラギさんが現れるとトラブル発生〟って噂になってますから」

――解決しに来てる側なんだがな。

口には出さず、苦笑だけを返す。

悠子は兄・一馬とはまったく違ったタイプだった。争いを避ける兄と、火種もいとわない彼女。〝私は違う〟という自己演出が全身からにじみ出ている。

「悠子さんは、副社長から社内の状況について、何か尋ねられたことはありますか?」

「あら……カノウさん? 特には思い当たりませんね」

「そうですか。……ありがとうございました」去ろうとする柊の背に、悠子の声が飛ぶ。

「ねえ、私の研修どうでした?」

振り返った柊は、軽く口角を上げた。

「新人たちは皆、尊敬の眼差しで見つめていました。……私には、カタカナが多くて難しかったですが」

「それは〝成長の余地〟ってことですね」

自信に満ちた笑みを残し、悠子は去っていった。

ガラス越しに再び会議室をのぞくと、アンケートを回収する若手社員の姿が見えた。柊が歩み寄ると、彼はハッとしたように軽く会釈する。

「心配ない。困ってる人を探してるだけだ。君もその一人かと思ってね」

その言葉に、若者の手がピタリと止まった。怯(おび)えとも迷いともつかぬ目で柊を見つめた彼は、しきりに腕時計を触りながら何も言わず作業に戻った。

すれ違いざま、ガラスに映ったもう一つの光景が柊の足を止める。名札を外した社員が二人。スマートフォンを手に、こっそり彼と若手社員を撮っていた。

――無言の監視。

その目は、どこまでも冷たく、透明だった。

次回更新は5月9日(土)、8時の予定です。

 

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