澄世の唇は柔らかく、貴方任せの心地いいキスだった。和彦はいつまでも続けていたいと思ったが、澄世が小刻みに震えているのに気付き、顔を離した。見ると、澄世は泣いていた。
「ごめん。びっくりした?」
「ううぅん、うれしいの」
そう言った澄世は、内心ファーストキスで心臓が止まりそうなのを、さとられまいと必死でこらえていた。「ふー」とため息をつき、和彦は並んだ片手で、澄世の手をギュッと握った。柔らかい手が優しく応え、握り返してきた。
二人はしばらく何も言わず、手を握り合ったまま並んでいた。和彦が引き寄せ、澄世が和彦の肩に頭をのせた。光の降りそそぐ青い風景は、今や二人だけの世界だった。
和彦は初恋の頃の少年に戻ったような気がした。澄世は自分の人生にはきっともう無いだろうと諦めていた事が起こり、これもK先生のお計らいかしら? と、ふと思った。
どのくらい時間がたったろうか……。「帰りましょうか」と和彦が言った。澄世も頷いた。
二人は立ち上がり、和彦は澄世が堤防を降りるのを助けてやり、二人は車に乗った。和彦は黙って運転をしていた。澄世も黙っていた。和彦は、時間が長いのか短いのかわからなくなって、ついに切りだした。
「抱きたい」
「彼女がいる人が何? ダメよ」
「今日は抱きたい」
「……婚前交渉はしない主義なの。私は古い女だから……」
まさか!? アラフォーで処女? 和彦はチラリと澄世を見た。ピアノを弾いていた時と同じように、姿勢が良く、真面目な横顔が美しく、キリッと前を見すえていた。