インタビューに答えていたのは全員男の人だったけれど、本を読み終わってあたしが考えたのはおかあさんのことだった。おかあさんもまた同じように、どこかから襲ってきた邪悪な力に背中を押されて、あんな事件を起こしてしまったのだろうか。

外からおかあさんを動かした力というのは、縁とか業とかいうものと同じものなのだろうか? ただ言い換えただけなのか?……わたしにはそうは思えなかった。

縁とか業とかいうものは、もっと陰湿に人をじっとりと内側から締め上げるような感じがして、魔の風が吹き抜けるような衝動とは、とても同じものとは思えない。

自分の外側にある抗えない力に背中を押されるという考え方は、人を殺す縁があったという考えよりも、あたしには馴染みのいいものだった。

おかあさんは長い人生の大半を普通に生きてきたと思う。いえ、普通よりだいぶ地味だろう。伊豆半島の農家に生まれ、地元の高校を卒業して東京都内の専門学校に通った。

そこで管理栄養士の資格を取って、都心の病院の厨房で献立をつくっていた。そこにお米を納入していたのがおとうさんというわけだ。

結婚してからは専業主婦だったけれど、跡を継ぐ約束の老舗の米屋では奥さんが帳簿を預かっていたから、子育てしながら米屋の女房の仕事を覚えるのに大変だった。

近所には有名な政治家の御屋敷や私立の学生寮、老人ホームなどがあって、どこもその店のお得意様だったのだ。おかあさんはものすごく忙しかったはずだ。

なのにどうしてあたしたちを保育園に入れることができなかったのだろう。おにいちゃんもあたしも幼稚園に通った。

そこは教育熱心な専業主婦が子供を通わせたがるようなところで、おかあさんは周囲のママ友の影響であたしたちの受験のことにも頭を悩ませるようになった。

もしあたしたちが保育園に通っていたら、もっと身体が楽だったろうし、なにより小学校受験なんてことは頭の隅にも浮かばなかっただろう。

あたしは幼くて、こうしたことはほとんどおにいちゃんから聞いたのだけれど、その頃のおかあさんの毎日がストレスの多いものだったのは、容易に想像がつく。

働き者で生真面目で辛抱強い、そんな普通の主婦に、どこからか吹いてきた魔の風が襲いかかった。それは人から正しく考える力を奪い、残酷な行為へと駆り立てる恐ろしい風だった。

でも、どうしてその風に吹かれたのが、あたしのおかあさんでなければならなかったのだろう!  どうして!

次回更新は4月27日(月)、20時の予定です。

 

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