試合を目前に控えた日本チャンピオンの気迫は、尋常ではなかった。それを、目の前でまざまざと見せつけられた。

シャドーボクシングの後、ロープスキッピング、縄跳びだ。皮のロープが鋭くジムの空気を切る。トントントン……。床からほとんど足を離さず綺麗にロープを飛んでゆく。しかし、決して足に引っ掛けることはない。私たちが知っている縄跳びとは、まるで別物だ。

汗が床にしたたり落ちる。蛍光灯の灯に照らされた体は美しく、減量で絞り切った引き締まった体は眩しかった。一分のインターバルでも他の練習生は圧倒され誰一人、新山選手に声をかける者はいない。

縄跳びを三R(ラウンド)済ませると彼は、練習を切り上げ誰とも言葉を交わさずシャワー室へ消えて行った。スパーリングがあるとき以外、各自のプログラムで練習を始め終える。

「ありがとうございました」

私とサワは靴を履いて頭を下げた。寺門会長とトレーナーが振り返り

「また、おいで」

と、言ってくれた。私たちは有頂天になり大喜びで駅に向かう。

「新山選手って、普段からああいう雰囲気なのかな? ピリピリして近寄り難いよね」

「試合が近いからじゃない?」

不安な私にサワが答える。

〝そうだ! 試合が近い!〟

私たちは帰りの電車の中で、初めて見たプロボクシングに感銘を受け感動し一語も話さず、それぞれの心の中で思いを巡らせていた。それほど響くものがあった。